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山の郵便配達 NEW

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山の郵便配達 NEW

無愛想なのは、この年頃の特徴だろうか。いや、決して無愛想なわけではないのだろう。照れくさいというか、そういう少年の気恥かしさが、健太少年の年頃には屈託なく見せることができた笑顔を、背伸びしたクールぶった仮面で隠している、といったところではないだろうか。何故なら、弁蔵も覚えがあるからだ。

ん、と湯のみと茶菓子が載った盆を差し出すので、弁蔵は礼を言って受け取った。机の上に盆を置いたが、二人分載っている。振り返って金太を見ると、金太は小脇に見覚えのある小包を抱えていた。

「これ。忘れてったって。男先生が。持って帰ぇれって言うもんだから」

小包を差し出して、金太少年は少し怖い顔をして弁蔵を見つめた。

「ありがとうございます。お手数をおかけしましたね」

金太からお盆と小包を受け取り、礼を言った後、弁蔵は金太に部屋に入るよう促し、座布団を出して勧めた。

「お茶、いただきましょう」

金太が運んできてくれたものなのだが、ちゃんと二人分用意されているということは、金太と自分の分なのだろうと弁蔵は思った。

金太は暫く正座したまま座布団の上に収まっていたが、やがて弁蔵に小さく尋ねた。

「足、崩してもいっすか?」

里言葉を残した、だがテレビなどで見て聞く街言葉を模した言葉は、自分の家の中とはいえ慣れない他人の部屋にいる居心地の悪さになんだか良く似合っている、と弁蔵は思った。

「どうぞ」と弁蔵が言うと、金太はもぞもぞとあぐらに足を組み変えた。沈黙が部屋に満ちるが、不思議なことに居心地が悪くない。弁蔵にしては珍しいことだった。

だが、金太少年にしてみればそうではないのだろう。湯呑みにも手を出しかね、かと言って話題がすらすら出てくる気性でもなく、貧乏揺すりというほどでもない程度に、右に左に体を揺らしていたが、結局弁蔵が脇に置いた小包を指差して、尋ねた。

「何、入ってるんすか」

「ああ。そうですね。なんだろう。実家から送ってきたものですが・・・・・・この字は母ですね。開けてみましょう」

「あ。いや。別に。でかいわりに軽いなって思っただけだで」

金太少年が言う間に、弁蔵は引き出しからハサミを取り出して小包の紐を切った。

「どうせ開けるのですから」

微笑んでみせる。

が、金太少年の顔綻ばない。何か警戒しているのか、いや、何か疑っているかのような目で弁蔵を伺い見ていた。

包みを開くと、中から出てきたのは。

「・・・・・・モアイ?」

「あ。・・・・・・はは・・・・・・半纏ですよ。私の」

取り出して広げて見せた。

「・・・・・・・ぶ」

金太の頬が歪んだかと思うと、抑えきれなかった口から笑いが噴き出した。

「はんてん。半纏までモアイ・・・・・・半纏まで・・・・」

最後は、うひゃひゃという必死な笑いで、金太は腹を抱えていた。弁蔵は暫く呆気に捕われていたが、金太の笑いにつられて、くすくすとこみあげてきた笑いに乗じて、金太に再度お茶を勧めた。

「笑いが落ち着いたら、どうぞ」

金太は目尻に涙を浮かべながら、湯呑みを見て、また笑いころげる。箸が転がってもおかしい年頃は女性だけではないらしい。半纏を取り出した後には、弁蔵には見慣れた郷里の家の近所の菓子包みがあった。

「これは後で、皆さんでめしあがってください」

そう言って、同梱されていた菓子折りを差し出した。

金太は、まだ笑いは抜け切っていないが、菓子折りに手を伸ばし、菓子折りを持ち上げて箱の裏を覗きこんだ。

「小麦粉と砂糖だけのお菓子です。卵も使っていませんから大丈夫ですよ」

弁蔵が言うと、笑いを止めた金太は、足を正座に正して、弁蔵に向き直った。

「先生、今日は本当にごめんなさい!」

正しい姿勢で頭を下げる金太に弁蔵は驚いた。恐らくこの家の躾なのだろう。謝る、ということが、こんなにしっかりとできる子どもを、弁蔵は近頃あんまり見ない。

「もう、いいですよ。金太くん。頭を上げてください。あれは元はと言えば、私の不用意な行為がことの起こりです。健太くんが卵を口にしていたら大変なことになっていました」

「でも、オレ、みかん投げつけたりしたの、悪がった。あんなことまでしなくてもえがったに、やりすぎたんです。オレ、ちぃっとムシャクシャしてたんし、そんでつい」

「ムシャクシャ?」

弁蔵がきき返すと、金太はハッとなってたちまち顔を赤くした。

「なんでもね」

少年がなんでもないと言ったらなんでもないのだ。それ以上尋ねても、金太は口を開くまい。赤くした頬を、口を固くひき結んだせいで少し膨らませて、金太はまた、そっぽを向いてしまうのだった。

「みかんが飛んできたのには確かに驚きましたが、みかんのあの命中の見事さにはもっと驚きました。金太くんは野球か何かやっているのですか」

弁蔵は金太がまだ手をつけようとしない湯呑みを、金太のほうへと置いてやり、自分も湯呑みを手にして、話の矛先を変えた。

「・・・・・・好き、だけんど、できねし」

ぶっきらぼうに呟かれた言葉は、怒っているわけではなく、寂しげなぼやきのようだった。

「人数いねがら、いっつも、女もこんめぇのも混ざった三角ベースでしかできねし、それも村のでっかいあんちゃたちが行事でやってくれてやっとだし。んでも、去年、本校に行ったときには、中学の男だけでやって、面白かった」

もそもそと手をもてあそびながら言う金太の手もとを、見るともなく見た弁蔵は、金太の指にタコができているのを見つけた。去年野球をやったくらいで出来るものではない、ボールダコだ。野球少年だった同級生が自慢していたのと同じだ。かなり投げ込んでいないと、ここまでのタコはできないだろうと思われる。

「金太くんは、将来なりたいものがあるんですか」

それが叶う目標か、叶わない夢かは別にして、野球が好きであろう金太少年の野球への夢が、その口から語られるであろうと思って問うた弁蔵の耳に聞こえたのは、全くもって意外な言葉だった。

郵便屋。

ぽつりと告げられた金太の将来の夢というものは、意外というよりも、全く想像もつかないものだった。直前まで野球が好きという話をし、そのままの流れで子どもらしく野球選手になりたいと言うであろう予測があり、そうでもなければ、地道に農協や役場に勤める父や姉のような職業を挙げることも考えられなくなかった。いや、郵便局員、という堅い名称で言われればなんとなく納得できたものだったかもしれない。だが、金太は、郵便屋さん、という些か子どもっぽい言い方で答えてきた。その語感が持つ子どもっぽさが、金太が郵便配達に持つ子どもらしい憧れにも思えた。

「スオミさんがいるから?」

弁蔵はそういう方面に長けているわけではない。むしろ疎いほうだと自認している。だが、それでも、目の前にいる純朴そうな少年の、なんとなく気恥ずかしいようなむずがゆいような気持ちが見え隠れする感覚を感じ取った。と思った。

が。

「ばっかやろ。そんなんじゃねえ!」

いきなり金太は、座を蹴り上げるようにして弁蔵の部屋から、襖を蹴立てて出て行った。

後に残された弁蔵は、しばし茫然。

きーんとなった耳の奥の最後の木霊がようやく消えた後になって、開け放した襖の向こうから覗いている健太の顔に気が付いた。

ちょい、ちょい、と手招きして、健太を招き入れると、健太はほっとした顔つきで例の莞爾とした笑みを顔に広げて、弁蔵のところにやってきた。

「だめだなあ。男前先生」

さも偉そうに弁蔵の頭をかいぐって、たしなめる台詞を言う。

「はは。金太くんと仲直りしたかったのですが、また怒らせてしまったようです。全く見当違いのことを言ってしまったようですね」

弁蔵は頭を掻いた。

「ちがうさあ。金太はねえ、ホントにスオミさんが好きな。けんどこっぱずかしくて怒ったに決まってるろ。男前先生、男心ってもん、わがっでね」

生意気にも兄を金太と呼び捨てにし、弁蔵には男心を諭す幼稚園児、恐るべしである。

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