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The Collarbone 8

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The Collarbone 8

「依嶋、とりあえず、その位置で自然に立ってて。Ian」
イアンが返事の代わりに、くいと顎を上げた。
<依嶋の後ろに立って。もっと寄る。もっと>
ほとんど密着というくらいにイアンの立ち位置を依嶋の背後すぐに寄せる。
<左手、依嶋の脇の下をくぐって前へ>
<手は?>
<胸へ。親指を鎖骨の始まりのあたりに当てて>
イアンの手が依嶋の胸に触れると、何故かオレのほうがどきっとする。
<右は?>
イアンに促され、慌てて指示を出した。
<依嶋の顔を・・・顎ではなく、顔にしよう>
<顔?>
<目を隠すように顔を抱いて。ソフトに>
依嶋は何を思っているだろう。たぶん、胸の裡で罵っているんじゃなかろーか。この野郎、結局、カラミ写真じゃないか、とかなんとか。
冷や汗なのか、照れているのかわからない汗が出る。もっと恐ろしいのは、このあと、自分もこの画{え}に加わるということ、だ。
「Yor-i-ci-ma, are you OK? You can hold on that position? Right?」
イアンが発音しにくそうに依嶋の名前を呼ぶ。
「Call Ren。Your left hand、up。More。A little more」
「ごめん。しんどかったか」
I’m OKと、小さく言われた。イアンに言ったのかオレに言ったのかわからないが、イアンの右手に隠されているせいで目の表情は見えないが、口許だけは笑っているのが救い。
合間に高文がデジカメの画像を見せてくる。西田さんに指示されているのだ。
<大体、こんな感じ。いい? ふたりとも>
イアンが絶妙に指の間を広げて、依嶋にもデジカメの画像が見えるようにしてやってくれる。
画像を見たふたりは口々に、OK、right、と了解を言う。そして声を揃えて、「And YOU?」と切り替えされた。
舌打ちしながら、これからだ、とだけ反論。
<イアン。一旦、依嶋の目から右手を外して>
照明が眩しいらしく、依嶋は瞬きを繰り返しながら50センチの距離にいるオレをなんとか見た。その依嶋に近づく。30センチ、20センチ、10センチ。
「依嶋、今、両手、フリーだな?」
「うん」
「じゃあ、両手でオレの顔、挟んで持って」
「こうか」
「OK。挟んだまま、オレの右耳を咥えるとしたらどうなる?」
う・わ、と内心思うが、平静を装いながら、依嶋の手がオレの顔を引き寄せるに任せる。どうしよう。絶対、心臓の音が聞こえてる気がする。
「こんな感じ」
<イアン。右手を依嶋の目元に戻して>
西田さんがシャッターを切る音がする。その数十秒後に、高文がデジカメを持って傍へやってきた。
「OK。西田さん、大体、こんな感じです。後はお願いします」
「りょうかーい。いい感じ」
西田さんには先に一応、簡単なスケッチを見せておいた。イメージに近い位置取りができれば、後はカメラマンから細かい指示が出る。必要があれば、デジカメ画像を高文が見せにくるだろう。
「一旦、休憩入れますか」
西田さんが問いかけてきたが、イアンも依嶋も頷く気配はなかった。
「入れません。続けてください」
漸く、撮影本番、となったのだった。

@@@

<イアン。依嶋くんの首筋に唇当ててゆっくりと上から下までずらしていってみて>
イアンが西田さんに言われたとおり、依嶋の耳朶の下から少しずつずれながら首筋に唇をつけていく。時々、音を立てるのはわざとだろう。
「Ian、no sounds」
「It’s so nice sounds、isn’t it?」
「No sounds」
「OK、Ren。Silent is most sensual sounds、I think。Do you think so?」
依嶋は要求は言葉で、拒絶・否定は無言で、と決め込んだらしい。
ヒメジとニシダが指示する以外のところに触るな、と不機嫌以外に形容のしようのない声色で言った。オレからは見えないけど。どこか触っているんだろうか。ああ、それもきっと後で、オレにツケが回ってくるに違いない。
<イアン。君はどこの血が入っている? 白人の肌にしては肌理が細かくてきれいだ>
西田さんは、さすがに、撮りながらモデルに話しかけて気分を乗せるのが巧い。
<ロシアとブルガリアの血が流れてるよ。でも、レンの肌のほうが綺麗だ・・・whoop>
どうやら依嶋に脚でも踏まれたらしい。ざまあみろ。
<依嶋くん、手>
<はい>
<姫ちゃんの顔を持つ手、もうちょっと優しくしてみようか。動物、飼ったことある?>
<犬を飼ってました>
<じゃあ、ムツゴロウさんみたいに、犬を可愛がるつもりでいいよ>
ぶっ、とイアンが吹き出す。
<ワンコ扱いか>
<Ian!>
思わずオレが叫ぶ。
が、依嶋が連鎖反応で吹き出す。
「ごめん。もう限界。勘弁」
意外と笑い上戸なんだ、こいつ、と腹を抱えて膝を着いて笑う依嶋を間に挟んで、イアンに説明する。しばらく待っていたが、ツボに嵌まったらしく、依嶋の笑いが止まらないのを見て、イアンもオレも釣られて笑い出してしまう。緊張感の張りすぎの反動だ。
「き、休憩。休憩します。10分」
とりあえず叫んでスタジオ内に指示を出し、3人ともその場にへたり込んで、とりあえず気の済むまで笑った。
「あー、笑った。・・・えっと、依嶋」
「ああ、わかってる。肌、冷やしてくる」
依嶋がぐい、と脚を大きく開いて起き上がった。
「あ。バカ、前、前!」
下に何も履いていないのを忘れんな、よ、と――。
「依嶋!」
おまえ、下着、ちゃんと履いてるじゃないか!と声も高く怒鳴る。思わず声が裏返ってしまったくらいだ。
<あ。バレた>
言ったのはイアンだ。
<イアン!? 知ってたのか?>
<そりゃ、ローブの上からでも、触ってりゃわかる>
<だって、さっきはヨリシマに脱げ、って! まさか、おまえも!?>
<履いてるよ。寒いからな。全部脱ぐ予定が後にあるっていうんなら下着の痕がつくから着けないけど>
<イアンのメイクのデニスが、ちっちゃーいパンツくれたんだ>
履いてる意味あるのかってくらい小さいけど、と言いながらも、にやにやとこちらを見る。気づけば、イアンも同じようにこちらを見てにやついていた。
「・・・っ、おまえらっ。グルになってオレまで脱がせたっていうのか?」
「別にグルじゃないよ」
<レンが脱いだ振りして戻ってきたときはこの野郎と思ったけどね>
まあ、覚悟を決めたみたいで、色気も出てたし、ヒメジを脱がすには黙っておいたほうが有効と思ったからな、とイアンが言う。
何が、「脱がないと色気も出ない」だぁ?
その場を蹴立ててスタジオの外へ向かう。ドア前で部屋の中に向かって、かろうじてを装った声で言っておいた。
「全員、昼休憩取ってください。2時に再開します」
依嶋になんと言われようが一服するぞ。ドア横のコート掛けから自分の革ジャンひっつかんで、寒空の下へ出た。
バスタオル一丁腰から下に巻いて、革ジャン羽織って、しゃがみこんで煙草を吸う。
ヤンキーでもしないぞ、んな格好。しかもパンツ履いてねーし。
怒る、より、もはや呆れて、笑いが込み上げてくる。
ひとりで笑っていると、後ろからばさっと音を立ててコートが降ってきた。
「姫ちゃん、一服したら鏡前に来てもらえる? 西田さんからの伝言」
メイクのヒナコさんが、デジカメを見せて言った。
「ここね、もうほとんど目立たないけど、君、何か傷痕あるでしょ」
首の後ろだ。切り傷を縫った痕が少しだけひっつれている。首の後ろに手を遣って傷を確認してしまう。そうか。写っちゃうか。
「あと、夏の間、土方仕事してたんだって? 日焼けの痕がビミョーにわかっちゃう」
デジカメの画面を細い指が示しながら説明していくのに、一々頷く。
「まさか自分が脱ぐとは思ってませんからね」
ヒナコさんもくすっと笑う。
「現場のアクシデントとしては、被写体{モデル}が足りないよりは、賄えた幸運を喜ぶべきよね」
ちぇ、と苦笑しながら、自分で片肌脱いで背中のほうを見てみる。もちろん、自分で日焼けの肌色が見えるものでもないが。
「ファンデーションで修正しておいたほうがいいと思うから、風邪引かないうちに戻ってきて」
「了解です。あ、これ、依嶋のコートなんで」
煙草のにおいがつくと悪いから、と言って脱いだら、「依嶋くんが持っていってやってくれ、って言ったの」と言われた。
一応、だましてオレだけ脱がせたのを悪いと思っているんだろーか。
もったいないけど、吸うのもそこそこに、まだ長い煙草の火を消して、スタジオへ戻った。

@@@

「コート、さんきゅ」
化粧前にいた依嶋に、コートをコート掛けに戻しておいたことを告げる。
「煙草のにおい、ちょっとついたかも」
「いいよ」
依嶋が優しく笑う。そこから、少し意地悪な笑いに代わって「パンツ、履いたら?」と言われた。
苦笑いして、そうする、と、自分の鞄を持って部屋の隅の衝立の奥へと行った。
「よりしまぁ~」
下着に足を通しながら、ぐらぐらする体をなんとか支えつつ、話しかける。
「ありがとな」
「なんだ、急に」
「オレ、勢いで言うクセあってさ」
下着を着けて、衝立から出ると、バスローブを投げられた。
「後から反省するタイプか」
くっくっ、と喉の奥で笑われる。
「なに? なんかおかしい?」
「その恰好でノーパンだったのかと思うと」
体を二つに折って、苦しそうに笑う。
「まあ、姫も無傷じゃないってことで、いいんじゃないか」
楽しげに言う依嶋に、顔を顰めて見せる。
「演出家を脱がせるモデルってのは性質悪いぞ」
「イアンほど性格は悪くないつもりだ」
ムキになって、依嶋が言う。
「イアンが? なに?」
「あいつ」
言いかけたところへ、ドアがノックされた。
「姫ちゃん、肌、塗るよ」
ああ、そうだった、と、思い出す。依嶋に、「ちょっと悪い」と断って、ヒナコさんを部屋に入れる。それきり依嶋は口をつぐんでしまった。何を言いかけたのか、オレも、そのまま気にも留めず、焼けた肌の色に合わせヒナコさんにファウンデーションを塗ってもらう。
「依嶋くん、食事は? 向こうに、食事来てるわよ」
「食ってこいよ」
「要らない」
水分だけ、ちょっともらってくる、と席を立って依嶋が部屋から出ていくと、ヒナコさんがふうん、と感心をした。
「姫ちゃんがど素人を連れてきたって言うから、どうかと思ってたけど、彼、結構きちんとしてるのね」
依嶋は、朝から何も食べない。ライトをがんがん当てられて、被写体の緊張もあって、結構喉は渇くだろうに、水分も必要最低限だけしか摂っていない。
「長丁場で緊張を解かないって、役者やプロのモデルでもなかなかできないことでしょう」
ヒナコさんの言葉に、再び猛省。
役者でもない、モデルでもない依嶋を、勢いだけで引っ張り込んでしまった。数日前にアメリカから帰国したばかりで、数年ぶり(一体、何年ぶりだ?)に再会した、さほどにも懇意だったわけでもない大学の同級生を裸にして、際どいストーリーを感じさせるポスター撮りをしている。
ファウンデーションを塗られながら、思わず寡黙になってしまった。
ヒナコさんはあれこれと話しかけてくるが、その声はオレの頭の上を滑りっていく。まあ、こういうときのメイクさんが話しかけてくる会話なんて、さほど重要な話ではないことが多いから、適当に相槌を打って流しながら、目を瞑って、肌に色を乗せられていくに任せる。
ことん、と鏡前で音がした。
「水。常温でいいだろう」
ストローが挿されたペットボトルを、依嶋が置いてくれた。
ペットボトルに手を伸ばしたまま、止まる。
「どうした」
依嶋の問いに、長い溜息で返事をした。
「おまえが女だったら樂なんだけどな」
「・・・なんだ?」
「礼の代わりにキスのひとつもできるってもんなんだけど」
ごん、と思い切り頭に衝撃を得た。
「いるか。そんなもん」
ヒナコさんの笑い声と一緒に依嶋も部屋を出ていった。オレに襲われるとでも思ったんだろーか。

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