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ケッコン狂想曲[G]

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残念な依嶋作品です。バカ全開注意。

ケッコン狂想曲

登場人物紹介

佐藤 栄作
アマチュアバンド”sexual apathy”ボーカル
めでたく茂とカポーになりました♡
吉田 茂
天然入ってるギタリスト
主食は肉
栄作と相思相愛になったらしい
いちいちよくわからない男
原 敬
シンセサイザー 笑う乱暴者
毅と相思相愛の仲
犬養 毅
ドラムス 常識人なのに変な性癖アリ
ジョン・F・ケネディ
ベース/アメリカ帰りのハーフ
両刀万歳野郎
吉田 真紀子
茂の妹(高2) 茂似のかっこいい女の子
兄同様、少し変わっている
公美子 真紀子の同級生で友人。 茂の事が気になるらしい。 新渡戸 稲造
真紀子の彼氏 あっかるい男
ガッツ石松氏 輪島功一氏 林家こぶ平氏(9代目林家正蔵)

 

「はァ?結婚?」
「うーん…」
目の前で盛大に溜息をついているのは吉田 茂(19)。
その割に網上の肉をひっくり返す手の動きだけは妙に軽快なのでちぐはぐな印象を受ける。
『うーん…』の後に何か言ったが、音程の狂った歌声にかき消されて聞こえなかった。
有線のサザンに合わせて歌っている奥の酔っぱらいグループの内の一人の所為だが、そのお陰でか、客数の割に結構騒がしい。
わりかし広い店内、しかも土曜の夜だと言うのに俺達の他にはその6人組を入れても3組のグループ客がいるだけだ。
例の奇病のせいなのだろう。牛さえ食わなきゃ平気なのにな。

それはともかく、本当はメンバー全員がここにいる筈だった。
帰り際唐突に飛び出した茂の「栄作に大事な話がある」宣言で2:3に別れて夕飯にありつく事になったんだが、まあ、敬のツラなんか見てるとメシ不味くなって適わねーし、茂と二人きりってのもいいしな。

二つ返事でOKした俺は、そんな訳で今茂と焼き肉食い放題の店”ネス湖NOネッスー”に来ている。

『ネッス−』

ふざけたネーミングのこの店は、入り口からしていきなり怪しい。
狛犬のような巨大首長竜の石像が両サイドに2体こんにちはしていて、時々それを見た酔っ払いが驚いて腰を抜かしたりもするらしい。
おまけに入ってすぐの天井には『ネッシーの足型』とかいう滅茶苦茶胡散臭い石膏型みたいのが宙ぶらりんになっている。
店名も本当はネッシーにしたかったのにイチャもんを付けられたので仕方なくネッス−にしてるとか聞いた事があるが、受け狙いも半分はあるような気がする。

「豚トロです!」
「ども」

160cmそこそこ突き出た腹に厚みのある口ひげ、渋い色のオーバーオールを着たが皿を置いて行った。
このマリオってのがここの店主だ。本名は知らねえ。

♪チャチャチャッッ、チャチャチャッ、チャッ☆ペ・ポ・パ〜〜〜
ペ・ポポポ〜〜♪

頭の中で電子音が鳴り出す。
このオヤジが歩いていると懐かしのファミコン版『スーパーマリオブラザース3』のゲーム音楽がエンドレスで流れて適わねぇ。
画像までクリアに浮かんでくる。
頭の中で盛大に頭突きコイン稼ぎをしていると、茂が俺の小皿に山盛りの野菜を乗せてくれた。

「食えよ」

そう言いながらビールも注いでくれる。
お?
野菜だけだと思ったら肉も一枚だけ入っていた。愛からなのか、それとも単に紛れ込んだだけなのか悩みつつ、尋ねてみた。

「それよかいくつだっけ、真紀子ちゃん」

「17になったばっか」

「そりゃー…。…早すぎるわな、確かに」

茂の両親は早くに離婚しているので片親しかいない。
ただ、この水前寺清子似のおっかさんってのが仕切り魔ワンツー母ちゃんで、何をするにも一々指図をするもんだから、幼少時分は我慢し
てたらしいが最近じゃもうウザくてたまらないのだそうだ。茂は大学に入る為に家を出た(中退)まんまなので、実質、家は妹の真紀子ちゃんとおっかさんの二人暮し。

で、一週間ほど前、真紀子ちゃんが付きあっているカレシを紹介した所、おっかさんは突如般若のごとく怒りまくり、罵声を浴びせた挙げ句そいつを家から叩き出したんだそうだ。
その背に塩を撒き玄関先に盛塩する母の姿を見て、遂に堪忍袋の緒が切れた真紀子ちゃんは、そのまま友人のガッツの家に逃げ込んでしまったのだと言う(永田町ブルース参照)。

「真紀子の奴、俺に、父親替わりに挨拶受けてくれって」

顔を顰めながら、新しいビールの栓をシュポン!と開けた。
弾ける音が半径5mに響き渡る。

「いいじゃねえの。聞いてやりゃあ」

「やだし」

即答して半分になった瓶を床に置くと、脇の容器から焼肉のタレを取って小皿に足した。
コチュジャンを、やけくそみたいに入れている。

「なんだよ、シスコンかよ」

「そんなんじゃねぇよ」

茂は仏頂面で前髪をかきあげた。

「まだ高校生だしよ」

「ふ〜〜〜〜〜〜〜〜〜ん」

「栄作、その目…」

急に茂の目が据わった。やべぇやべぇ。
普段はぼんやりしてるが、本当に怒ると『メジロラモーヌアッパー』だの『ミホシンザン三段蹴り』だの『ミスターシービーム』だのが飛んでくるので怒らせない方がいい。
俺はさりげなく話を元に戻した。

「で、そいつ何歳なんだよ」

「同級生だと」

方肘をつき、しかめっ面でつまらなそうに肉をひっくり返す。
こんな顔あんま見た事ねえから面白ぇかも。

「適当に言いまかしちまえよ。ガキだろが」

「俺、口下手だし」

自分の事をわかってる奴だ。思わず頷いてしまう。
「まーな…。そーゆーのだったら敬あたり得意だろうがなあ」
思わず口から出た台詞に、茂は
「栄作だって似たようなもんだよ」
そう言って肉を頬張った。

似てねェよ(怒)。
ったく、また肉焼き始めたぜ。

「お前、また肉ばっか…ホラ、たまには野菜も食え」

「いらねって。ピーマンなんか」

獅子唐知らねぇのか(溜息)。
茂は焼肉のタレにまみれたシシトウをつまみ、何を思ったか
難しい顔をしてボソッと呟いた。

…濡れそぼる
「へ?」

更にシシトウのてっぺんを天に向ける。

…そそり立つ
「は?」

ゲッ、下半身が反応してやがる。
茂はちらりと俺の顔を見てにっこり笑うと、そのシシトウを俺の口めがけて突っ込んだ。

「ふぐぉッッッ!」

咽の奥にシシトウが突き刺さり、俺は激しく咳き込んだ。
涙目で睨み付けると、茂は無表情でぼそっと呟いた。

「エッチくさ」

「誰がだァッッッ!!!」

怒りに任せてダンッッとテーブルを叩き立ち上がった瞬間、一斉に
周囲の視線を浴びてしまい、俺は慌てて口を噤んだ。
気を取り直して席につく。

「とっ、とにかくッッ!……そいつが来るのは明後日なんだな!」

「うん」

「それまで何か考えりゃあいいんだろ!」

「うん…あ!」

茂の箸をすり抜けた肉が、網の隙間から落下した。

「くそ……最後の肉」

そう言って身を乗り出すと、滴り落ちた肉の油に引火して、派手な
炎がぼはぁッッと立ち昇った。
独特の匂いが鼻腔を刺す。

「あ、ちりちり…」

焼けこげた茂の前髪がポロポロとこぼれる。
はっはっは、天罰だぜ!…とは思ったが、俺は何とか笑いを噛み殺した。
不機嫌が昂じて手を付けられない状態になったらヤバいからだ。

会計を済ませた俺達は、その後茂のアパートでプロポーズ野郎撃退作戦を練る事にして店を後にした。
勿論、おかしくしてくれた下半身の責任は取って貰ったので文句はなかったが。

 

翌日、ライブが終わってロッカーで着替えていると、突然後ろからド
カッと尻を蹴られた。

「ぼけガニ。脳みそ散歩中かァ?」
「…てめぇ」

奴はケケケッと嗤って中指をおっ立てている。

敬よ。
何で俺はてめーなんかと一緒にバンド活動なんかしてなきゃなんねえんだろうな。有史以来の大疑問だぜ(←大袈裟)。
グレード2級(ヤ●ハ音楽教室/5級程度で先生になれる)保持者だか何だか知らねェが、早く縁を切りたいもんだ。

一触即発状態で睨み合っていると、後ろのテーブルでさかんにペンを動かしていた毅が立ち上がり、

「なあ、こんなんでどうだ?」

と、一枚の紙切れを寄越した。
敬が脇から不審気に覗き込む。

「何だよ、こりゃ」
「ああ、これはな」

俺の真後ろで、毅がいきさつその他を事細かに説明し始めた。
本当は俺達二人でなんとかする筈だったのだが、夕べは結局話し合うどころでは無かった為、今朝顔を合わせるなり俺は毅に助けを求めたのだ。

ハッピー?

その時、楽屋のドアがバンッと開いてイカれ外人が戻って来た。顔中についた口紅からして、今日の相手は女だったらしい。
香水か何かのいい匂いが漂ってくる。
とりあえず阿呆外人は無視する事にして、俺は手元に目を落とした。
広告の裏にはこんな文字が走り書きされている。
—————————————–

【何が何でも逃げる(会わない)】

・急用を作る(誰かが電話で呼び出す)
・体調を崩す(仮病)
・家に帰らない

【断る】

・歳を理由に断る
・経済的な所を攻める(ボンボンだったらやばい)

—————————————–

「うーん…まーこんな所だろうなあ」
「どれ」
ピッと俺の手から敬が紙を奪い取った。
素早く目を走らせ、ニヤリと片口を吊り上げる。

「…もっと面白ぇ方法があるじゃねえか」
毅が真剣な目を輝かせた。
「どんな?」
敬は目を細め、ちょっと明後日に向かって笑いかけている。
「もっと、ギャフンとかアフンとか言わしてやんだよ。—クソ爺
ィ直伝だ」
ケネディが片眉を上げた。
「クソジジィ、What?」

「Fantasy(く) Gran-pa(じじぃ)」

頭の周辺にハテナマークが飛び交っている。
ケネディに嘘を教えるな。
それより直伝の意味がわかってるのかどうかの方が、俺としては気になるが。

それはさておき、敬の爺さんはこの界隈じゃちょっとした有名人で、93
才にしてハードネッタ−、戒名に@を入れろと坊さんに詰め寄り、卍固めを見舞ったという村一番の暴れ者だ。
敬のオヤジは常識人で通っているから、乱暴者の血は一代飛んで更に濃縮されて孫に受け継がれてしまったのだろう。
紙に狐目で笑いかける敬は恐ろしいまでに活き活きとしている。

「コーコーセーかぁ〜。楽しそうだよなぁ」
「敬…」

必要以上に萌えまくっている敬を、毅やケネディも怯えつつ眺めている。
すると敬は振り返るなり、茂に向かってビシッと指を差した。

「茂、俺に任せろ!サイッコーのシナリオ書いてやるぜ…って、あっっ!
てめぇ、そのビーフジャーキー俺のだッッ!

楽屋の隅っこで、袋にと書かれたテング印ジャーキーをかじっていた茂がのっそりと立ち上がった。歯形のついたのを「わりぃ」と敬に戻しつつ、爽やかな笑顔を浮かべる。

「ありがとう、友達っていいな」

「………………」

空気読まねえにも程がある。

敬はイライラオーラをこれ以上無い程にふりまき、毅は肩を竦めて苦笑した。
勿論、顔中真っ赤な残りの一人は腹筋を引きつらせて倒れていた。

 

いよいよ決戦当日。
茂の実家にメンバー全員が集まり、居間の中央に片膝をついて円陣を組んでいる。

『行くぜ!』(小声)
『おお』(更に小声)

『真紀子の様子は?』
『大丈夫だ。気付いてない』
戸口側にいた見張り役の毅が、視線を外す事なく囁いた。

俺達の存在は真紀子ちゃんには秘密なので、靴も全て隠してある。
俺もコソ泥のようにそうっと外を窺うと、真紀子ちゃんが玄関口に立
ってプロポーズ野郎の到着を今や遅しと待っているのが見えた。

『そいつが暴れやがったらぶっ飛ばしてやっからよ』

目を据わらせ、へへへと笑う敬の表情が怖い。
ケネディは意味あるんだか無いんだかニコニコしてるし、毅は何か紙を見ながらぶつぶつ言っている。
当の茂は目を据わらせて壁に飾ってある「くじらぐも」の書写辺りに視線を漂わせている。

「こんにちはー」

予定時刻ぴったり、カラカラという引き戸の音と共に、野郎の声が響き渡った。顔を見合わせた俺達は同時に立ち上がると、ザザ−ッと部屋の一辺に寄って聞き耳を立てる。

「稲造君!」

「やー、こんばんは!えーと、お兄さん、いる?」

「いるよ。……頑張ってね」

「うん。絶対に結婚しようね」

「うん!」

居間の壁にへばりついていた俺達は耳を離し互いを見やる。

「ラブラブだな、さすがに」
「…ああ」

茂の無表情からはイライラ電波が溢れている。手にはくしゃくしゃになったメモ用紙…もとい、カンニングペーパー。
毅が茂の肩をポンと叩き小声で激励した。

『じゃあ、俺達は隠れてっから、頑張れよ』
『うん』

茂を居間に残し、俺達4人はダイニングに入った。2cmほど隙間を開けて扉を閉める。
小さく肩で息を付いてから、茂は座卓の手前に胡座をかいた。

『どんな奴だろうな』
『マキコチャン、茂ニソックリネ、cute!』
ケネディが冷蔵庫に貼られている真紀子ちゃんの写真を見てサムズアッ
プしている。
『きっとオヤジがあんな顔してんだぜ』
『シッッ、来たぞ』

「失礼します!」

居間の襖が勢い良く開いた。
思わず息を飲む。
小さく頭を下げつつ入って来たのは、林家こぶ平だった。
…いや、そっくりな奴だった。
そいつはすこし緊張しつつも笑みを浮かべて座布団の手前に膝を降ろした。

「初めましてッ!僕、新渡戸稲造といいまーす!」(←やたら元気)
「……兄の茂です」

若さを強調したいのだろうが、悲しいまでに外している。
こぶ平はしばらく作り笑いを浮かべたまま固まっていたが、ちょっと恥ずかしくなったのか、だはっと一発笑って真顔に戻った。

えっと、あの、僕!今日(ウラ声)

「まぁ、茶でも」

茂の一言で、緊張の余り広がっていた鼻穴が収縮する。

あ、(まだウラ声)

チャキッと頭を下げ、胴回りに『ENEOS第一石油』と書かれた湯飲み
を手に取る。

重苦しい空気の漂う中、向かい合い、玄米茶を啜る。痛い程の静寂に、
ズズズ…の音が妙に大きく響いた。

茂は湯飲みから口を離すと、眉根を寄せつつこぶ平に尋ねた。

「渋いな……。そう思わないか?」

こぶ平は小さな目をぱちくりさせて、
「え?全然渋くないですよ」
そう言いながら、残りをごっくんと飲み干した。

茂はその様を見て、失望したと言わんばかりに天井を仰いだ。

「…お茶の味すらわからねぇ、か……。フー…(溜息)」
エッッ!?(再ウラ声)
「2流…と」
湯飲みを手にしたまま卓上のメモ用紙に何か書き込んでいる。
それを見たこぶ平が、慌てふためいて叫んだ。
「あッ!そ、そう言えば渋いです!すげ−渋いです!

「…だとよ、真紀子」

静かに息を吐くと、湯飲みをドン!と卓に置き、柱の陰から見守っ
ていた真紀子ちゃんにゆっくりと視線を移した。

「あ……私…」

こぶ平の顔に『しまったァ!』の文字が浮かぶ。

「ごめんなさい………いれ直します」

冷や汗を吹き出しているこぶ平の横を丸い盆を抱え、肩を落とした真紀子ちゃんが無言で通り過ぎる。
益々慌てたこぶ平は、湯飲みを盆に片している真紀子ちゃんの白い手を取り、膝立ちでムチウチになるんじゃないかと思う位、頭をブンブン振った。

「まっっ、真紀子ちゃん、ごめんね!本当はすごく美味しいんだよ!僕、渋いの大好きだし!」

こぶ平必死のフォローだったが、真紀子ちゃんの顔は曇ったままだった。
優しく肉付きの良い汗ばんだ手を払う。

「やっぱり……。いいの、ちょっと待っててね」
「真………」

激しくしょげまくるこぶ平に無理に笑顔を見せて、真紀子ちゃんは突如こっち(ダイニング)に足を向けた。

来るッッッッ!

『やべッッ!早く!』

『死んでんじゃねーよ!エロ外人!』

敬と毅が倒れていたケネディを引きずり上げ、台所から飛び出す。
そのまま全員で奥の部屋に飛び込むと、俺は静かに素早く扉を閉めた。

 

カチャカチャと湯飲みの合わさる音がする。

俺(達)は、未だかつて一度たりとも味わった事の無い圧迫感と息苦しさに見舞われていた。
台所から流れてくる水音がせめてもの救いと言った感じだ。

『…せめぇ…』

『首に鼻息かけんな』

『頼むからくっつかないでくれ』

『ケツ触んじゃねェ。コロスぞ』

『アウチ』

敬がケネディの手を抓る。

そう、ここは便所だ。男4人はさすがにきついぜ。こんな事なら意地でも換気扇をONにしてくるんだった。
一番奥にケネディ、その手前に敬、斜め横に毅、そして俺の順番できっちり詰まっている。とても身動きの出来る状態じゃない。
出来るとしたら痴漢行為くらいのものだろう。

「はぁあぁああ〜〜〜………」

外から真紀子ちゃんの盛大な溜息が聞こえてきた。
どんな顔をしてるのかは想像に難く無い。可哀想に。

『…ァ…ン…』

『へっっ、、変な声出すんじゃねーよ…!(←敬/焦)』

『……sorry』

『……………………(毅)』

しばらくし、カラカラと言う音と同時に静かになった。真紀子ちゃんが居間に戻ったようだ。遠くで、こぶ平がごめんねを連発しているのが聞こえる。
完全に人気が無くなったのを確認してから、俺達は漸く便所の外に雪崩れ落ちた。

『てめぇ…憶えとけよ』
敬の声が怒りで震えている。

『ホントニ?lucky!』
嬉しそうなケネディの肩を後ろからガッと掴んで毅が首を振る。

『ダメだ』

『しっッ』

居間の方から声がする。また会話が再開したようだった。
俺は静かに戸口に寄り、耳を傾けた。こぶ平の声が上ずっている。
いよいよ本番、か。
「あの、すみません!!!単刀直入に言わせてもらいます!」
「(聞いてない)真紀子、これから男同士の大事な話がある。部屋に行ってなさい」
お茶を配り終えて部屋の隅に控えていた真紀子ちゃんに向かって、茂が、静かに重々しく言い放った。

「え?でも…」

何か言いたげな真紀子ちゃんを、茂が制した。

「真紀子」

「真紀子ちゃん…」

こぶ平の眼も『大丈夫だから』と言っているようだ。

「はい…」

退場を宣言された真紀子ちゃんは、不満と不安の入り交じった表情を浮かべ、小さく頷いた。そして、盆を片手に一礼して二階の自室へ向かった。
キシッキシッと軋む階段の音が酷く淋しげに聞こえる。

ドアの閉まる音と同時に、茂の方から話を切り出した。

「で−−−…何だっけか、林家君」
「に、…新渡戸です!」

少しムッとした顔のこぶ平に、茂は軽く頭を下げた。

「あっと……悪ィ事言ったな。失礼千万って奴だよな」

「いえ!平気です!」

額に脂汗を浮かべ、慌てて手を振る。
茂は新しいお茶を一口啜って、尋ねた。

「で、こぶ平、用件はなんだ?」
「(T▽T)」←泣きそう
「あ?どした?」

演技なのか天然なのかは俺にもわからない。
ただ、茂の顔は真剣そのものだ。ピリピリした空気がこちらにも痛い程伝わってくる。
こぶ平は生つばを飲み込み、拳を握りしめて叫んだ。

「いえ!えー来た

鼻穴をおっぴろげ、緊張の余り声が裏かえってるこぶ平に、

「なあ…真紀子を動物に例えたら何だと思う?」

突然のクエスチョンタイム。
意表を突かれたこぶ平の声が、更に裏返る。

、真ちゃ

「ああ」

「え、え〜と、え〜〜〜と」

頭の中に色んな動物が浮かんでいるらしい。
中央に寄ってみたり、天井に行ってみたり、襖の毘沙門天に行ってみたり、焦点の合ってないこぶ平の目がフラフラと彷徨っている。

「はっきりしねえ奴だな。………決断力がねぇって事かな。それ
おつむの回転が悪ィのか…」

ブツブツ言いながら容赦なくメモっている。
ちょっとまって下さいよー!と頭を抱えながらこぶ平が叫んだ。

「え、えと、えと、あわわ、えーとッッッ、カッ、カカカカッッッ、カモシカッッッッ!

「カモシカ…ァ?」
茂の目が激しく据わった。

「そうです!足がスラッとしてて、カッコよくて」

「(聞いていない)体重100kg以上あんだよな…カモシカってな。
ふー……ん…ほォ…そういうイメージか」

茂の台詞に、慌ててこぶ平が頭を振る。
「ぼぼぼ僕としてはバンビのイメージの

「バンビ?……バンビって何だ。カモシカなのか」

ハイ!(←誤)有名じゃないですか、ディズ○ーの…」

茂がムッとして言い返した。

「知らなくて悪かったな。じゃあ、ここに書いてみろ」

そう言って茂は用意してあった紙とペンをこぶ平の目の前にズイッと差し出した。

「え!?今ですか?」
「ああ。書けねえのか」

斜に見据え、こぶ平を威嚇する。
「いえ!描きます!描かせて頂きまーすッッ!(涙)

用紙を受け取ると、こぶ平は真剣な顔で卓に向かった。
プロポーズをしにきたのに、何故今バンビを描かされているのかなんて事までには思考が及んでいないらしい。必死にペンを動かし時折手を止めては懸命に思い出しているようだ。

約、3分後。
「出来ましたァッッ!!!」
頬を紅潮させて、ペンと紙を茂に差し出した。

「……これが、バンビ?」

茂の眉間にこれでもかってくらい皺が寄った。対するこぶ平は何故かエラソーに胸を張っている。

ハイッ!これです!バンビっす!」(自信満々)

あ、ケネディが酸欠で倒れた。
口を押さえ、ビクッビクッと痙攣している。
『こいつ片してくるぜ』
敬が立ち上がってケネディをそのまま便所に放り込んできた。

茂はその絵を小難しい顔をしたまま眺め、ぼそっと呟いた。

画才0だな。いや……それとも天才肌か」

「え?ガサイ?(わからんらしい)天才ですか!?わー僕褒められちゃった。初めてです!絵で褒められたのって」

 

「じゃあ、ついでだ。真紀子も描いてみろ」
異様なほど冷静な茂に、こぶ平の目がまんまるになる。
「ま、真紀子ちゃんをですかっ!?」
「おお」

『くくく』
毅の肩が震え始めている。
アート系だから色々想像しちまうんだろうな。気持ちはわからなくもない。

「わー、難しいなあ……でも‥‥」
こぶ平はペンの尻を鼻先に当て、一唸りしてからこう言い放った。
「でも、僕、絵得意ですから!」
「………(無言)」

こぶ平の奴は、うーとか、ああっっ、とか言いながら、また手を動かし始めた。

そして数分後。

「ハイッッ!こんなんでどうでしょうか!」

奴は鼻息を荒げ、茂に向かって紙をビッッと突き出した。

「…………………………………………………………………」(茂)

色んな意味でもの凄い絵だ‥と思う。
芸術が爆破されて木っ端微塵になったみたいなのが、紙一面に描かれている。
その迫力に茂も言葉が見つからないらしい。

「真紀子さんの美しさカッコ良さを同時に表現してみました!」

「……………、………」

「目の所なんて特に自信あります!」
「お前……………」

茂は自信満々のこぶ平を見上げ、ボソッと呟いた。

「結構面白い奴だな」

『オイ……茂の奴、面白がってるぞ…』

毅は口を半開きにしたまま俺の方に視線を向けた。
敬の奴は鼻で嗤い、俺をちらりと見てこう言い放った。
『あいつバカ大好きだからな』

俺のこめかみ付近で何かが切れた。

『‥んだと、てめェ』

『ん?やるか?』

挑発的な目を細めてファイティングポーズを取っている敬を、またしても毅が制してくれた。

『コラコラ、今は止めとけ』
『くそッッ、離せ、ツヨシッッ』
『これが済んだらな』

そうこうしてる間にも、居間では会話が続行中だ。
くっそーーー、敬の奴をギャフンと言わしてやりたい所だが、ここまで来て奴らをほっとくわけにもいかない。
やけくそで捨て台詞を吐き、居間に視線を戻す。

『覚えとけよ、あぶら足』

『てめーこそ忘れんな、タラバ』

激しく目を据わらせて睨み合っていると、また居間から茂の声が聞こえてきた。

「……紙一重……と」

見ると、茂の奴は無表情で書き込んでいる。
その様を嬉しそうに見ていたこぶ平が、突然ハッとして叫んだ。

「そうだッッッ!それより、僕、今日はッッッ」
「(聞いてない)で、血液型は?」

?僕ですかッ?」

「ああ」

っ、血か、っはー」

また声が裏返ってやがる。こいつ、ヨーデル系か?
茂の方はこれ以上無いくらい真面目な顔で頷いている。

「ああ。大事な事だ」
「僕、B型です!」
「……B……?」

「ハイッ!ッス!マイペースビーゴーイング
マイウェ−
ッス!」

褒められた(と思っている)所為か、頭のおかしい奴みたいに舞い上がったこぶ平に対して、茂は顎に指を当て神妙な顔で呟いた。

「そいつは……困った事になったな」
えっ!?どうしてですか!?」
こぶ平の顔色が変わった。

ヤバいな…。いや———-こっちの話だから気にすんな」

そんな事言われて余計に気になっちまったのだろう、こぶ平が貧乏揺すりを始めた。

「震度2弱…」

あっ」(再裏声)

「非常に落ち着きのない奴……と」
またメモっている。

「あ、あああ、あの、そうだっっッ!僕、今日は真紀子さんと」
「(全然聞いてない)所で俺、競馬好きなんだけど、お前、馬に興味は?」

「え、あっ、馬ですか!?」

「うん」

「あっ、僕、中学まで竹馬名人と呼ばれていましたッッッ!」

なぜかまたドンと胸を張る。なんでそこで……?
俺の心の呟きはさておき、茂の方はまた激しく眉間に縦皺を寄せた。

「竹馬ァ…?」
「僕、竹馬でトゥ−ル出来ます!5が最高です!」

「……?トゥールって何だ?」

「回転のことです!僕、8歳までクラシックバレエを習ってました!」

毅の肩が激しく震えている。敬のバカもどうにか笑いを噛み殺しているようだ。頬の辺りがさっきからヒクついている。
俺の腹筋も相当ヤバくなってきた。
これ以上俺達を笑わせてどうする気なんだ、こいつは。

「ほー…ん……竹馬バレリーナ…と」

かきかき。茂の顔には笑みなどこれっぽっちも浮かんでない。
こいつがおかしくないんだろうか。いや、きっと真紀子ちゃんを竹馬小僧に取られたくない気持ちの方が上なんだろうな。

「そ、それよりッッ、僕、100m11秒72
はーはーはー…とこぶ平の荒い息が和室に響いた。
茂はこぶ平を一瞥すると、ボソッと冷たく言い放った。

「………お前、竹馬の自慢しにきたのか」

い、いーえッ!!違いまーす!!!

だって聞いてくるから〜〜と恨みがましい目を向けている涙目野郎を、正座し直し腕組みした茂は真剣な眼差しで見据えた。

「じゃあ、最後に聞く。体脂肪率はいくらだ!?」

「えっ、たっ、体脂肪率ですかァ?えっと、えーー‥‥確か〜〜さんじゅう…」

ドン!と茂が卓に拳を振り下ろした。2つの湯飲みが仲良く数cm飛び上がる。
おでこに怒りマークを浮かべた茂がついに吠えた。

男で30台だァ!?太り過ぎなのはわかってるな!

「え、あ、はは、は、は、ははははははははいッッ!」(←怯)
次の瞬間、茂は天井に向かって叫んでいた。

真紀子!降りてこい!林家君が帰るそうだッ!

「ええっっ!?」
豆鉄砲鳩のこぶ平を指さし、茂は目をつり上げて叫んだ。

「いいか、てめぇ!太り過ぎは万病の元だ!そんないつ病気になって
死ぬかもしれない奴に、誰が大事な妹をやれるか!」
「………………!!!!!!!」

こぶ平のミニマムな瞳がカッッと開かれた。

「なんだ!?」
「そっ、そんなに……ぼ」
「ぼ?」
「ぼっ、…僕の体の事を心配してくれてたッ……なんて………ッッッ」

こぶ平の目尻に何かが光っている。

「うゲ」(←茂)

「お兄さぁんッッ!!!!」
ダダダッと座卓を回り込んだこぶ平は、いつからてめェの兄貴になったんだよ、俺はァ!?と言わんばかりの茂に飛びつき、その広い胸に顔を埋めた。

「僕、感動です〜〜。絶対に真紀子さんを幸せにします〜〜
お兄さんも幸せにします〜〜〜!!!

ッ!?』
思わず変な声が洩れて、俺は慌てて口を塞いだ。
『—やべぇな。ぶっ飛ばしに行くか』
敬が指の関節をボキボキ鳴らし始める。

「そうッッ!その為にはッ!!」
こぶ平は袖でグイッと涙を拭うと、ちょっとイッた目のまま勢いよく立ち上がった。

「まず体脂肪率を標準値まで下げます!勿論、貧乏ユスリ
もやめます!そしてお兄さんと真紀子さんに相応しい男に、なっす!

次々に溢れてくる涙をぬぐいもせず、斜め45度を見上げている青春野郎こぶ平。
それをポカーンと口を開けたまま見上げている茂。
そこへ、居間の襖がスッと開いた。
こぶ平、涙のに、やってきた真紀子ちゃんの目も真ん丸になる。

「い、稲造君……?」

「真紀子ちゃん!僕はやるよ!待っててね!」

「え?あ、う…、うん」

「それでは、失礼しまーすッッ!」

二人に向かって深々と御辞儀をしたこぶ平は、クルリと踵を返した…と思ったらまた振り返った。

「真紀子ちゃん!絶対に、待っててね!」
「う……うんうん」
カクカクと何度も頷いている。

「お兄さんもお達者で!」
「お…おう」

もう一度礼をすると、今度こそ奴は居間から出ていった。
でん!でん!でん!と廊下を闊歩していく。

『マジ、帰ったか?』
敬が鋭い目でこちらを見た。
『さてな。また戻ってくるかも』

茂と真紀子ちゃんが部屋から出たのを見計らって、俺達も居間になだれ込んだ。
わずかに開いた戸の隙間から様子を窺う。

ナイキシューズを引っかけたこぶ平が軽やかに駆けだした。
幸せに胸を膨らませ、晴れ渡る青空(だけ)を仰いで走っていた奴は、そのままゴミ収集所に突っ込んで行った。
玄関まで見送りに出ていた茂達は、冗談のような光景を目の当たりにしそのまま静かに固まった。

「‥‥真紀子、お前、本当にあいつと結婚したいのか‥?」

茂はゴミにまみれ何が起きたかわからんといった顔のこぶ平から、視線を逸らす事なく尋ねた。

「えー…うーん…、どうしようかな」

真紀子ちゃんも引きつり笑いを浮かべている。

辺りを見渡し、ダハッと一声上げて、こぶ平は来た道を今度はゆっくりと引き返して行った。背中からはがれ落ちた”緑のたぬき“の上蓋が、春の風に乗って宙を舞う。
そうして、ようやく新渡戸稲造(17歳)は爽やかな春の風のように吉田家を去って行ったのだ。

「…どうせ、家出たいとか、それだけだったんだろ?」
茂は腕組みしたまま横にいる真紀子ちゃんを見下ろした。
真紀子ちゃんは茂の取っていたメモから目を上げ、肩で小さく溜息をついた。

「それもあるけど…まあ、ね。でも、竹馬バレリーナかぁ……私、
ピカソの奥さんにはなれないなぁ」
オレンジ色のTシャツを指で摘んではためかせ、もう一度自画像を見下ろして苦笑いを浮かべた。

「家出たいんなら協力するし」

「え?本当?」

「もっと早く言ゃあいいんだよ」

茂は照れ隠しなのか、そっぽを向いてそう言った。
真紀子ちゃんの顔に笑みが広がる。

「そっか。—–そうだね。私、これから荷物取りに公美子んち行ってくるわ」

『良かったな』

毅が笑った。

『あの野郎、ぶっ飛ばしたかったのによ』

敬の方は、体力が余って余ってしょーがない様子だ。とばっちりが来ない内に退散することにする。

『もう行こうぜ』

俺達は裏口からそうっと出た。
何か忘れているような気がしたが、とにかく疲れた。腹筋を中心に疲労しまくった体を一刻も早く休めるため、俺は真っ直ぐ自宅へ飛んで帰った。


その夜、トイレに入ろうとした水前寺キヨコの絶叫がご近所に響き渡ったのは言うまでもない。ケネディの奴に食われたかどうかまでは知ったこっちゃねえ。
また、林家こぶ平撃沈の話を茂の口から聞くことになるのは更に数日後の事である。

 
【了】

 

またくだらない物を読ませてしまいましたね|ω・`)

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