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The Collarbone 6

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The Collarbone 6

”The Collarbone”
副題として、「どこかに置いてきた僕の欠片」とある。 主人公は、著者自身と言われている。ほぼ2時間近く、依嶋に話をした。原作の話、芝居に書き換えたときに抱いたイメージ、舞台に具現化するためのコンセプト。原作を読んだという依嶋は、なるほど、後でまとめて言う、と言ったとおりに、ほとんどだまってオレの話を飲み込んでいってくれる。
「演出家の姫に俺がいまさら言うのも、釈迦に説法だとは思うけど」と、前置きして依嶋が話し始めた。
「俺は、これをゲイ・ストーリーという簡単な括りでは言えないと思っている。作品の主人公”セラ”はもちろん自分がゲイだという自覚を持っているし、それを隠しもしない。人にしゃべって歩くことは別にしないが、聞かれれば恋愛の嗜好として自分のことを開示する。一方、”語り手”となっている著者は、ゲイであることを自覚しているくせに自分で受け入れられず、ともすれば卑屈で」
「哀しく、滑稽」
依嶋の目が、今度はちゃんと笑った。
「しかし、作者自身はどちらかといえば主人公のセラに近い。なのに、なぜ、自分を”あの”語り手役に据え、あの物語を書いたのか。それを考えると、あれはただのゲイの恋愛話としての官能小説にはしたくない」
依嶋はかなり深く読み込んでいる。もしかすると、自分よりもずっと深く。頼もしいと思う反面、侮れない、と恐れる気になり、そして、こいつに侮られてはたまるもんか、と負けん気がむくむくとわき上がってくるのを感じた。 夕食は、近くの商店街まで、じゃんけんで負けてホカ弁を買いに行った。
「これはアメリカには無くってさ」
依嶋が頼んだのは幕の内弁当。から揚げ弁当やカツ丼はNYにあっても、いわゆる幕の内弁当は無いのだそうな。
「おまえは、それだけでいいの?」
缶ビール片手にから揚げをつまんでいるのを見て、依嶋が、なんだかなあ、と呟いた。日本へ帰ってきて、何を食べてもおいしいのだそうだ。たかがホカ弁のヒジキですらも。
そんなこんなで、箸を動かしながらも依嶋と”The Collarbone”のイメージを議論する。明日はまだスチル撮りだ。だけども、白熱する議論にこれ以上ない楽しさと幸福を感じていた。まるで、このままこいつと舞台を作っていくような信頼感は、思いがけなく、わずか5%の缶ビールのアルコールをすっかり体中に回らせた。

@@@

「姫、おい」
耳を引っ張りながら呼ばれている、のは分かる。が、どうにも体が起きない。金縛り状態、医学的には睡眠麻痺とか言うらしい。つままれ、ひっぱられ、それでも起きない自分に業を煮やしたか、やわやわと耳朶を冷たい指でなぞられて、ぞわぞわと背中を走る感覚にいよいよ飛び起きた。
「阿呆! 何すんだ!」
ソファの背越しに依嶋がにやにやと見下ろしていた。
「・・・気持ちよかったか?」
「アホか。・・・あー、背中が攣るかと思った」
「それって、イキそうってこと?」
「・・・おまえ、酒でも飲んだか? ったく、気持ちよく寝てたのに」
起き上がると、一応、タオルケットが掛けられていたり、テーブルの上の食い散らかした弁当の空容器や空き缶もきれいに片付いていた。綺麗好きで世話好きなようだ。
「お返しだ」
最初は何を言っているかわからなかったが、ようよう考えて思い出して赤面した。そういや、昨夜はこいつの鎖骨をじっくり検分させてもらった。畜生。綺麗好きかもしれないが、人は悪い。こいつ、起きてたのか。
「姫、風呂、沸かしたから先入って」
「え?」
「朝8時から青山のスタジオで撮影だろ」
早めに寝ちまおうぜ、と言われ、戸惑う。
「いや。でも、俺、昨日も泊めてもらったし」
「そういや、家ってどこだっけ。聞いた?」
「いや」
隠したいわけでもないが、「どこ?」の次は帰りたくない事情を話す流れになっていくだろう、と躊躇していると、依嶋はさらっと話を変えた。
「下着やシャツなら、新しいのもあるし。体格、そう変わらないだろう?」
家には帰りたくない。しかし、泊まりたくない・・・わけでもないか。拒む必要がどこにもないしなあ、と考えているうちに背中を押され、着替えを渡され、風呂へと押しやられる。何の気なしにバスルームのドアの横のスイッチを入れて、
「あーーーーーーーー」 と、脱力した声を上げる。
そうだ。ひとつだけ拒む理由があるとすれば、これだった。
「透明バスルーム」
「灯り、つけずに入れよー。俺、寝室に行ってるから」
ガラスに貼るシートを手配しておいたから、1日2日の辛抱だ、と笑いながら依嶋が寝室に行った。
「1日、2日の辛抱?」
俺はいつまでここに泊まることになってるんだ?と小首を傾げつつ、とりあえず、さっぱりしよう、とありがたく風呂を使わせてもらった。 頭を洗っている最中に、依嶋から声がかかった。
「姫ー、電話鳴ってる。携帯」
そういえば、カメラマンの西田氏からの折り返しの連絡待ちだった。何度か明日のことで連絡を取ろうとして、留守電にしか繋がらなかったんだっけ。
「明日のカメラの西田さんだと思う。折り返しすぐに電話するって伝えて」
「了解」
コールの表示は誰の名前になっているかを先に聞くべきだったと身に沁みたのも後の祭りだった。

――もしもし。

――今、取り込み中でして、折り返し電話させます。

――ああ。すみません。姫路の携帯です。ちょっと今、シャワーを浴びているので。

――え? 妹さんでしたか? 失礼しました。
いえ。今日はこのままうちに泊めますので、姫路は帰宅はしないかと・・・。

体を拭くのもそこそこに、速攻、携帯を依嶋からもぎ取った。
「電話代わった! 眞澄?」
《おにーちゃん! おにーちゃんって、そういうことだったの!?》
ああ。やっぱり勘違いされた・・・。
この真夜中に別の男が出て、それだけなら、まだしも、「今、シャワーを浴びてる」なんて言われたら、勘違いした妹だけを責めることはできまい。 恨めしげに、テーブルの上に乗った旅行用の携帯目覚ましの零時を示す針と依嶋を恨めしく見た。

@@@

翌早朝。
とりあえず、六時に目覚ましをかけておいたが、2回目のスヌーズで起き上がるとリビングのソファにはすでに依嶋が座っていた。
「時間がかかるかもしれないんだから、朝くらいゆっくりすればいいのに」
「綺麗に撮りたいんだろう?」
タオルをかけた自分の肩でビール瓶を転がしながら、依嶋はラジオのボリュームを上げた。
「何? うわ。冷た」
依嶋の肩にかかっているタオルは凍らんばかりに冷たい。
「引き受けた以上、きちんとした仕事をしたいからな」
今度は首の後ろを、ペットボトルで軽くたたく。
「それ、当然意味があるんだよな」
「もちろん。肌は赤味がないほうが綺麗に出るし、かといって冷えすぎた鮫肌じゃ興醒めな出来になる」
しれっと言うのにひどく感心しつつも、こいつ何者?とやや引きかけたが、
「と、モデルさんのブログに書いてあった」
ノートパソコンの画面をこちらへ向けて見せた。
「あ、そ」
わざわざ調べて、そこまでするのか、こいつ。つい、と人差し指で依嶋の色白な肩を突いてみた。
「冷て。寒くないの?」
「そうでもないかな」
さて、と、言って、依嶋はキッチンへ行き、冷凍庫を開けて、中からタオルをいくつも取り出してきた。
「これ、昨日買ったクーラーボックスに」
コールマンの47リットルがたちまちいっぱいになる。このためにわざわざ昨日、クーラーボックスと大量のタオルをホームセンターで買ったのか。
「何時間かかるかわからないだろう?」
にやりと笑う依嶋に、無邪気に感謝の念を抱いた自分は浅はかだったと後から思う。
「じゃ、荷物は頼んだぞ」
そうなのだ。何せ、撮りたいのはこいつのcollarbone。重い荷物の肩紐が肩に食い込んだりしたら撮影はパァになる。Tシャツ一枚にコートだけ羽織った依嶋の後ろから、クーラーボックスとほかに大きなボストンバッグを担いでよろよろ続く俺を見て、マンション玄関にいたコンシェルジュの橘さんが慌てて、タクシーを呼んでくれた。これじゃ、まるで、俺は出来の悪いマネージャーだ。やれやれ。

@@@

「おはようございます。西田さん」
「っす。今日のアシスタントは高文ね」
西田さんの事務所の若手の男の子が元気に挨拶をする。「メイクはヒナコさんです」と控え室のほうを示した。ヒナコさんが顔を出し、手を振った。久しぶりに組む。
「こっちも紹介します。依嶋蓮」
「はじめまして。依嶋です。今日は宜しくお願いします」
「こちらこそ。君が姫ちゃんのほれ込んだ鎖骨?」
西田さんのストレートな物言いにも依嶋は臆しない。肩をすくめて、「さて」とだけ笑って返した。
「イアンたちはまだ?」
「まだ来てないね。ここの鍵開けたの、オレたちだもの。依嶋くん」
「はい」
「先、脱いでくれる?」
依嶋が、一瞬口を歪めて俺を見たが、黙って西田さんの言葉に従った。
「当たりを取りたいんだ」
西田さんの言葉に頷いて、依嶋は俺から着替えの入ったバッグを受け取って、隣室に消えていった。
「綺麗な子だね。どこで見つけてきたの、姫ちゃん?」
「子、 って・・・。西田さん」
苦笑する俺に、西田さんは真剣な目で言った。
「イアンを食っちまうかもな、彼」
「まさか。それに、依嶋のほうは面{メン}を出しません。あくまでも鎖骨だけで」
「おいおい、姫ちゃん。わかってないわけはないよな。面を出さないほうが強い印象を残す。ま。何か企んでるんだろうが」
西田さんのほうが何かを企んでいるかのように楽しそうに言った。
「人聞き悪いですよ。俺は『演出』するだけです」
俺も楽しそうに応えたところへ、上半身服を脱いで、下はリラクシングウェアのパンツを履いた依嶋がバスタオルを羽織って出てきた。
「数年ぶりに会った友人を脱がすだけで、十分悪趣味な演出家だ」
覚えてろ、と小さな声をすれ違いざまに耳元に残していって、依嶋は西田さんとあれこれと打ち合わせながら撮られ始める。アシスタントの高文が、クーラーボックスとタオルの詰まったバッグを持っていった。
「遅れたかしら」
そう言ってスタジオに入ってきたのはミズ・ハリエットだった。
「いえ。俺たちが早かっただけなので」
依嶋が撮られているのを暫く黙ってみていたミズ・ハリエットが、一言呟いた。
「excellent」
「え?」
聞き間違いかと思って聞き返したが、ミズ・ハリエットはそれ以上何も言わず、イアンの控え室へと歩いていった。
戻ってきたミズ・ハリエットの後ろからやってきたイアンは大層機嫌が悪そうな顔だった。おはよう、と言い掛けたら、さっきの依嶋の睨みなんて比べ物にならない眼光でガンを飛ばしてきやがる。西田さんがシャッターを切っているのも構わずに依嶋のところまで歩いていき、構図のセンターに寄ってするりとローブを脱ぎ落とした。
西田さんがファインダーを覗くのを止めずに、手だけでちょいちょい、と俺を呼ぶ。俺は、西田さんのところへ行くのではなく、イアンと依嶋に近づいていき、スタートの指示を出した。
<依嶋は印の位置から1メートル前に出て。ここ。このラインよりセンターには寄らない。イアンはここより前に出ないで、左右は動いてもらう>
英語で指示を出すと、依嶋が「日本語はわからないのか」と俺に確認してきた。イアンのことだ。
「しゃべれないけど、聞き取れる。たぶん、理解できていると思うから悪口は言うな」
俺がそう言うと、イアンがにやっと笑って見せた。やっぱりわかるんだ、こいつ。
「一応指示は英語で出すけど、うまく伝わってないときは日本語で言うから、依嶋、通訳してやって。できるだろ?」
アメリカで生活して仕事していたんなら、俺よりも立派に通じるはずだ。
<ヒメジの英語で十分だ>
イアンが英語で返してきた。やっぱり、と、依嶋と目を見交わして苦笑した。

@@@

10分も撮ったら、西田さんが苛立ち始めた。理由は、俺にもわかっていた。この立ち位置ではふたりの肌の色が思ったように綺麗に出ないのだ。西田さんが撮った画像は、俺のすぐ横のモニターに一々映し出されるからよくわかっていた。
「姫ちゃん、悪いけどちょっと止めるよ」
「Break of 10…15minutes. Thank you」
がっくりと頭を垂れて眉間をぐりぐりといじる俺のよこに、いつの間にかイアンのメイクを担当している男が来て言った。
<思ったより白かったね。日本人としては珍しいタイプだ。このままライトで温められるたら、もう少し色も柔らかくなるから>
その通りだと思う。ライトの熱で肌が上気してきたら、依嶋の肌色ももう少し緩まるだろう。そうすれば、今よりもう少しイアンとの距離を近づければ、ちょうど良いコントラストに撮れるかもしれない。
「でもなあ、白く冷たい感じがいいんだよな」
西田さんが話に加わった。
「だと思います。それ依嶋もそれを理解していて、ごっそり冷やしたタオル持ってきてますから」
そう。撮影ライトで肌が温まって、肌に色が射すのを押さえるために、依嶋は準備をしていたのだ。
「冷やしてもいいのか。どうするんだ?」
依嶋も近寄ってきて、そう尋ねた。
「冷やしてくれ」
そこだけは即答する。
撮影ライトは熱い。うっすら汗ばみそうな状況だ。いずれにしても朝のあのひんやりとした、どこか無機質めいた肌は保ってほしかった。
「依嶋、向こうで休んでていいぞ。ヒナコさん、頼みます」
依嶋に休息の指示を出しておいて、西田さんを振り向くと、西田さんは事も無げに、
「プラン、練り直しなよ。今のままじゃ、姫ちゃんの撮りたい画{え}は撮れない。待つからさ。ここは丸一日借りっぱでしょ?」
そう言って、西田さんは、自分たちの後ろの予定をバラす電話を事務所に入れてくれた。

<The Collarbone 7 へ>

 

 

 

 

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