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The Collarbone 9 (最新話)

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The Collarbone 9 (最新話)

「お・・・っつかれさま!」
西田さんの弾んだ声で撮影が終了した。
撮れた画は自分でも確認した。その上でOKが出せると思ったものが充分に撮れた。構図の中に自分が入り込まなくてはならない羽目に陥ったため、西田さんにはえらく迷惑をかけてしまい、撮影が済んだのは深夜2時を回ってしまったのであった。
西田さんの終了の声に、依嶋とイアンと3人で顔を見合わせ、それまで詰めていた息を全員が吐き出した。
イアンは無言で、床に脱ぎ落してあったローブを拾いながら自分の控室へ引き上げ、途中、壁際のパイプ椅子に座っていたミズ・ハリエットが、たった今座ったばかりかと思うほどに疲労も見せずに立ち上がったのと連れだって行った。
「姫。着替えに行くぞ」
「・・・あー。そーだな」
大の字になって寝転びたい気分だ、と思いながらへたり込んだ床から自分の体を引き上げる。
「生きてる?」
「・・・なんとか」
依嶋が実に屈託なく笑った。こいつ、思ったより体力あるんだ。オレなんてヘロヘロなのに。
「風邪引くぞ。着替えしに行こう」
改めて言われて、ノロノロと依嶋に尻を叩かれる格好で控室に入った。
部屋に入ってスツールに腰を下ろすと、背後でぺたん、と座り込む音が聞こえたので振り返る。
「依嶋?」
「つ・・・疲れた」
気が抜けた、というか、腰が抜けたような脱力の仕方で、上半身はなんとか立てているが、腰から下は床にべったりと座ってしまっている。
「お疲れさん」
今度はこちらが手を引っ張って起き上がらせる。
スツールではなく、一人掛けのソファのほうへと座らせ、鏡前からペットボトルの水を持ってきてやった。
「ほんとにおつかれ。ありがとう」
「――えらく改まって言うな」
「そりゃ・・・。だって、本当に、ありがたいから」
依嶋が笑ってペットボトルの栓を捻った。
「高くつくぞ」
「わーかってる、って」
でも、酒も飲めないやつにどうやって支払えばいいんだ?と訊くと、「おいおい考えるから心配するな」と返ってきた。
「それにしても、なんで俺まで脱ぐ必要があった」
ソファに体を沈めている依嶋をそのままにして、なんとかジーンズを履いたところでオレも力尽きて床に寝転んだ。
「イアンが言ったことに尽きると思うぞ。earlobeっていう重要な役を入れないと、この物語の正しい色気が演出できない。おまえだけ服を着て写るなんて画{え}、許されるはずがない。それを認める演出家がいたらクズだ」
クズとまで言い切られて、頭が痛い。ほんとーに痛い。演出家が自ら脱いでスチルに載る。いや、役者兼脚本家兼演出家っていうやつもいることはいるが、残念だが、オレはそこまで自ら露出したくない。自分で見る気にもなれないスチルの舞台をこれから作らなきゃならないのか。泣けてくる。
「ほれ」
額の上に冷たいタオルが載せられた。
「冷た・・・」
じんわりと冷たさが頭の中に沁みていくようだ。
「こんな冷たいのでずっと肌を冷やしながら、何時間もやってくれたんだ」
依嶋もイアンも俺よりもへとへとなはずだ。俺よりも長い時間、しかも、ふたりとも、earlobe役が画の中にいないことに違和感を持ちながらも、なんとか良いものにしようと努力してくれていた。
「イアンさん、お帰りになられます」
高文がドアの外から声をかけた。慌てて起き上がって、そこらにあったシャツを羽織って出て行く。
<イアン。今日は本当にありがとう。おつかれさまでした。すごくいい画が撮れたと思う。恥じない舞台を作るよ>
イアンは少しだけ口角を引き上げて、こそっと俺に耳打ちした。
<ヒメジはレンの鎖骨に惚れているかもしれないけど、僕はレンの背骨から腰にかけてもいいと思うよ>
このクソガキが、と言いたくなるのをなんとか呑み込む努力をしているうちに、イアンはとうにスタジオを出てくところで、ミズ・ハリエットが依嶋に握手を求めていた。
<おかげさまで、あの子も本気で撮影に臨む羽目になったわ。最初はたかがスチル一枚、って言っていたの。でも、昨日あなたを見て、気を入れないと自分のほうがおまけになるって気づいたのね。>
<まさか。私はただの素人ですよ。それよりも、彼のおかげで面白い画が取れて、ヒメジも満足だと思います>
なんだかそれぞれが勝手なことを言ってやがる、と思ってみていたら、ミズ・ハリエットは自分の名刺を依嶋に渡して<仕事をしようと思ったなら、私に連絡してちょうだい>と言っていた。【あの】ミズ・ハリエットが本気か?
驚いたまま依嶋を見ると、依嶋は「ばーか」と笑って、名刺をヒラヒラさせた。
スタジオで機材を片付けていた西田さんが、声をかけてきた。
「ふたりともおつかれさん。ここ閉めて帰るから、お先にどうぞ」
「え。いや、でも、鍵も返しに行かないとならないし」
「いいよ。いつものオフィスに返しに行けばいいんだろ? どうせ、この時間じゃオフィスは閉まってるし、明日返しに行くんなら、うちのスタジオから目と鼻の先だ」
西田さんが、困ったように笑う。
「それよりか、早く立ち直れよ。このままじゃ、芝居作る気出ないって顔に書いてあるよ、姫ちゃん」
読まれている。さすが年の功、と言っていいのか。
「いい画が撮れたと自負があるよ。それが姫ちゃんか誰かは関係ない。もらった絵コンテに応じて、演出家が満足してくれるだけのものを撮ったつもりだ。明日には画像、見せるから、時間空けて」
見たら、間違いなく芝居が作りたくなるから、と言われて、早く帰って休むよう促された。
「依嶋くんも、おつかれさま」
依嶋が、西田さんに深々と頭を下げた。
「さて、ほんとに着替えて帰ろか」
依嶋にそう声を掛けながら、シャツのボタンを留めていると、後ろから肩を指で突かれた。
「ん?」
「姫、シャツ」
俺のシャツだ、と指摘されて、自分が依嶋のシャツを間違えて着こんでいたことに気付く。
「あ、悪い」
自分が着てきたものと依嶋が着替え用に持ってきたものは、色も柄も全く違うのに、体型が変わらないせいか、サイズが同じくらいなのだろう、違和感なく、ちゃっかり着てしまうところだった。
着替えて、二人で大きな通りへ出て、タクシーを拾う。
深夜の道は空いているとはいえ、スタジオから依嶋の家までは20分ほどはかかる。気持ちよく流れる車の20分は、疲労困憊のモデルにはよく眠れる道中だ。
車に乗った途端、依嶋の頭が傾ぎ出した。僅かな揺れで、右に左にと傾く首が辛そうで、運転手には変に思われるかもしれないことを覚悟の上で、依嶋の肩を抱き寄せて頭を自分の肩に置かせた。疲れ切っている依嶋は、全く起きる気配も見せず、大人しくオレの右肩に頭を乗せて寝息を立てていた。
オレはオレで、草臥れきっているはずなのだが、頭の芯がやたらと冴えてしまい、依嶋の寝息がメトロノーム代わりになって、頭を冷やしてくれた。西田さんのスチルを明日見るまでもなく、十分、もう、その気になってきていた。ただ、困ったことに、頭の中に、依嶋とイアンがちらつく。ふたりは役者ではないから、板の上(*)には乗らない。それなのに、イメージがすっかりふたりでついてしまった。
<ヒメジはレンの鎖骨に惚れているかもしれないけど>
イアンの言葉が頭の中に甦る。
ふと、隣の依嶋の胸元に目を遣る。もちろん、コートを着て、マフラーを巻いた首から胸は、見えるはずもない。帰りがけは、持ってきておいたタートルネックのセーターを着ていたから、マフラーが無くても、見えはしないだろう。
見えないはずの鎖骨に、どきりとする。
肌の肌理といい、首の長さといい、鎖骨の浮き出具合といい、すべてが揃っていた。自分の理想が。
「依嶋。着いたぞ、おまえんち」
料金を支払ってから、肩を揺すって起こす。その間に運転手が、トランクに載せたクーラーボックスだの着替えの入ったボストンバッグだのを下ろしておいてくれる。チラチラと後部座席のこちらを見ているのは、たぶん、まあ、そういう誤解をしているんだろうとはわかっている。が、期待しているようなことは当然ないので、依嶋の肩を突き突き、ようやく目を覚ました依嶋をタクシーから引っ張り出した。
「ほら。荷物、俺が運ぶから、おまえ、先エレベータに乗ってろ」
だいじょうぶ、と寝ぼけ眼をこすりながら、ボストンバッグを肩に掛けて、依嶋もふらふらと歩き出す。数日前、最初に再会した夜も、あのときはオレが悪戯で仕込んだ酒の一滴のせいだったが、こんなふうにふらつく依嶋を連れて帰ってきたっけ。
先を歩く依嶋から無理やりボストンバッグを引き剥がし、ふたりでマンションエントランスに向かって歩く。
不意に足を止めた依嶋が、真夜中の空を仰いだ。
「どした?」
「気持ちいい」
「は?」
「一仕事終えたーーーって気分」
酒でも飲みたいところだ、とまで言うもんだから、頼むからやめてくれ、と答える。
「じゃあ、酒の代わりにラーメンなんてどう?」
それなら喜んで、と荷物を置いたら、そのまま夜中のラーメン屋を探しに出る約束をした。

@@@

結局、それでまた、依嶋の部屋に延泊。ラーメン屋を探して国道沿いを歩き、ラーメンを食べて依嶋の家に戻ったのが朝の4時前だった。
朝の9時まで目が覚めず、起きたのは西田さんからのメールの着信音がきっかけだった。
<夕方4時。僕のスタジオで、どうですか?>
了解のメールを打ち、西田さんのところへ行ったら、その足で今日こそ家に帰ろうと決心する。
依嶋は、と、あたりを見回せば、ベッドで寝ればいいものを、依嶋までがソファで寝ていた。こちらが起き上がった気配を感じたからか、依嶋も目を覚ます。
「おはよ」
カーテンを閉めたままの部屋で、カーテンの隙間から入る光に目を細めながら、依嶋がかすかに頷いた。
「オレ、4時に西田さんと約束したから、3時までにはここ出るわ」
「そう」
そのあとの、あんまりにも自然な科白に面食らう。
「で、帰りは何時くらいになりそう?」
えーと、4時に会うから・・・と指を折って時間を読みそうになって、違う違う、と苦笑した。
「今日はさすがに、家に帰る」
一瞬、依嶋がぽかんとした顔をしたが、ああ、そうか、と依嶋までもが苦笑した。
「了解。そうだよな」
そう言いながら、左の肩を押さえて顔を顰める。
「どうした?」
「いや。なんでもない」
言葉とは逆に、かなり辛そうに右腕で左肩を抱いているのを見て、思わず手を伸ばした。
「いい。触らないで」
肩に触った手を右手に追い払われたものの、その硬くて冷たい手触りにはっとする。
「昨日、ずっと冷やしてたからだろ」
「たぶんね。・・・いいってば」
もう一度、肩に手を置くと、今度は心底嫌そうな目に制された。
「ごめん。嫌いなんだ。身体触られるの」
そう言いながらも、かなり辛そうに左肩を落としたまま、動かせないでいる。勝手知ったる、で、バスルームのキャビネットからバスタオルを持ってきて、依嶋の肩に掛け、その上から肩に手を掛けた。
「おい、姫、やめろって」
「黙ってろ」
肩と腕全体を、両手のひらで包むようにして解していく。冷たさは取れないが、少しだけ表面的な弾力が戻ってきたように感じるまでには、たっぷり10分はかかった気がする。
「風呂、入るとたぶんいいと思う」
「ん」
「沸かしてくるから」
「さんきゅ」
さっきの手を振り払ったときに比べると、随分と素直に受け入れたのに安心して、一旦、腕から手を離し、湯船に湯を張りに行った。帰ってくると、依嶋が自分の右手で自分の左腕を揉んでいる。その右手を掴んで、手のひらを広げ、両手で手のひらを押し広げるように揉んでみせた。
「・・・めっちゃくちゃ気持ちいい」
「だろ」
暫く無言で揉み続ける。依嶋も、何も言わずにソファに背を預けて、気持ちよさげに目を閉じていた。
「姫、これで食っていけるぞ」
「おっけ。もし、マッサージ屋開いたら、毎日来い」
「それ、モデル代?」
「そーゆーこと」
「一生、タダだな」
「そんなに高いのか?」
「当たり前だ。素人を脱がせておいて」
聞き様によっては、かなり際どい話に聞こえかねない会話だ。ふたりして笑う。
「ほら、風呂行けって。湯船で揉んでやるから」
「冗談。まだこれ以上、人の裸見たいっていうのか」
「散々昨日見た。男の裸には欲情はしないっての」
強い抵抗の意は示したものの、人間、気持ち良さには勝てないようで、結局、湯船に浸かっている依嶋の横でタイルの上に座り込んだオレは、依嶋の肩を、今度は直に触るのを許されたのだった。
「どう? 少しは楽になったか?」
「・・・極楽」
そうだろ、そうだろ、と気を良くして、オレは依嶋の腕を揉み続ける。
「気持ちいいのもそうだけど、誰かに触られるのがこんなに嫌じゃないのは初めてだ」
「・・・おまえ、んなこと言ってっと、女と寝るときどーするんだよ」
「それは別」
即答で返ってきた。あ、そーですか、とぶつぶつ口の中で文句を言っていたら、依嶋が意外なことを言い出した。
「俺も見に行っちゃ、いけないかな。西田さんのところ」
反対する理由はない。どうせ、これから先、媒体告知だの、宣伝全般で使用される予定の画だ。
「いいけどさ。自分で自分の画、見るのって恥ずかしくね?」
「自分だと思わなければ、全然」
ミズ・ハリエットが見込んだところは、こういうところかもしれない。きっぱりしている。主体としての自分と客体としての自分がきっちり分けられる潔さがプロっぽいといったところか。
「さんきゅ」
腕と肩を揉みながら呟いた。

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