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Sleep Warm 2 – Sunday -

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Sleep Warm 2 – Sunday -

またこんなときに限って、日曜日なんだよな、と、朝、明るくなってきた部屋の中で、ぼんやりと時間が過ぎるのに任せる。どうやら姫はもう起きて何か(たぶん、仕事)やっているらしく、リビングでごそごそ気配はしている。起き上がって、服を着替え、意を決してリビングへ行った。
昨夜と同じにこたつの上に付箋をたくさん貼り付けた図面を広げた姫は、コンピュータで図面を修正していっている。昨日、ここで眠り込んでいる姫を見ていたときは、少し気楽に喧嘩をしてみることができる気になっていたのに、起きている相手に対してはどうしてこうも腰が引けるんだろうか。
「おはよ」
姫のほうから言葉が出た。ただし、視線は図面とコンピュータに向けられたままだった。
「・・・おはよう」
寝起きのせいか、喉に引っかかる声をなんとか放り出し、姫の視線を待った。が、姫は顔を上げない。
「今日・・・から、立ち稽古って言ってなかったっけ」
「中止」
にべもない返答が返ってくる。
「・・・そう」
「朝メシ」
「朝メシ・・・」
声が重なる。が、そこから後は、異なる音声だった。
「好きなように食べてて」と姫。
「何食べる?」と俺。
異口異音。気持ちもバラバラにとげとげしい。
「ごめん。明日までに修正しておかないとならないから。悪いけど時間ないんだ。休みだろ? オレのほう、気にしないで、依嶋の好きなように動いてて」
疲れた顔ではあるけれど、それでもこちらを見上げて視線を合わせて姫がそう言った。
一瞬、迷いが生まれた。
おつかれだな、と言ってしゃがんで頭を抱くか。
二人分のコーヒーを入れて、姫が入っているこたつの横に自分も入るか。
そんな気持ちを噛みしめながら、言葉は発せず頷いて、キッチンでペーパーフィルタを手に取り、挽いた豆の缶を覗く。姫の好みのほうのブレンドがちょうど2杯分ほど。
湯を沸かしてコーヒーを落としている間に、姫の携帯が鳴る。
「今から? ・・・わかった。いや、すぐ行く。後からって言ってると、まためんどーになるから」
簡潔に返事をして、姫がこたつから出て洗面所へ行った。顔を洗っているらしき水音がし、メガネをコンタクトに変えた姫が洗面所から出てきて、コートを取り出し、そのまま羽織る。
「出かけてくる」
一応の声掛けがあって、玄関のキーボックスから鍵を取り出してチャラチャラ音を立てながら出かけていった。電話を切ってからわずか5分ほどのこと。2杯分のコーヒーがようやく落ちて、2つのカップから湯気が上がるのを暫く見ていたが、口をつける気にはなれなかった。
ここで、こたつの上に姫の分のコーヒーを置いても、嫌味にしかならないであろうことはさすがに分かる。
自分のノートPCを持ってきて、ダイニングのテーブルのほうで開き、ちびちびと自分の分のコーヒーを飲みながら仕事を開始する。
「帰ってくるか来ないかくらい言ってから出かけろよな」
好きに動いていろ、と言われても、そこは同じ屋根の下で暮らしているのだから、相手をまったく無視なんてできない。次第に上がる湯気も少なくなっていく姫のコーヒーマグを見ながら、乗らない気分で仕事をする日曜日の午後。
一緒に暮らしていたって、始終一緒にいるわけでもないくせに、ひとりでいる時間の過ごし方がわからなくなっている気がして、子供っぽい寂寥感に舌打ちした。
小一時間ばかり仕事をして、2杯目のコーヒーを入れようとしたがさっきので挽き豆も使い切り、気分転換がてら自分も出かけることにする。
飲みきった空の自分のカップと、口をつけないままコーヒーに満たされている姫のカップをシンクに置いたが、どうにも流してしまう気になれず、そのままにしてコートを取りに玄関先の廊下にあるクローゼットに向かった。
財布がスラックスのポケットに入っていることを確認してクローゼットを開けたところへ、玄関のドアが開いた。
あ、と互いに小さな声を上げて、互いを認めると、双方ともに視線が落ち着かなくなった。姫は視線を逸らしてクローゼットの扉についた鏡を見、自分は姫の足元に目を落とす。いつもドアを開けると同時に靴を脱ぎかけるその癖は変わらないことを確認して、視線を上げると、姫と目が合ってしまった。
「豆を。・・・コーヒー豆を買ってこようと思って」
姫の返事を待たずに脇をすり抜けようと靴に足を突っ込んで出ていこうとしたら、強い力で左肘を引かれて体を引き戻された。振り向かざるを得なく、体が向き戻ると右肩を掴まれて、反対の手が背中を強く引き寄せた。肩から後頭部に移った手が髪を鷲掴みにして、ぶつかるようなキスをされる。
姫の肩を押し離して一旦は唇が離れたが、すぐにもう一度、耳を掴むように顔を姫の手に捉えられて、壁に押し付けられるように二度目のキスを強いられたときは我慢できずに、顎をはねのけるようにして姫を突き飛ばしていた。
壁に背を預けた姫をそのまま置いて、靴を履くのももどかしく玄関を飛び出した。
外に出ると雨が落ち始めていたが、傘を取りに戻る気にもなれず、そのまま地下鉄の駅を目指して歩くしかなかった。

@@@

午後も遅くの商店街で、いつものコーヒーショップへ行き、姫の好みのブレンドと、自分のいつものブレンドで豆を挽いてもらう。食べ損ねた朝食をここで済まそうかとも思ったが、空腹感は無いし、今日は休日なので、無理やり食べなくてもいいんだ、とちょっとホッとしながら、大きなカフェオレボウルに入ったカフェオレをちびちび飲みながら、ぼんやり窓の外を見ていた。こんなとき、文庫本の1冊も持っていれば、読まないにしても頁を捲る作業ができるのに、と恨めしい。
カフェオレボウルの底が見えるようになって来た頃、コンコン、と窓ガラスを叩かれた。
「田代さん」
それに橘さんが一緒にいる。珍しい取り合わせだ。「出られるか」と言いたげなジェスチュアで話しかけてくるのへ、助かった気分になって、会計を済ませて外へ出た。
「珍しい。一人か?」
「こっちのセリフですよ。組合せ、珍しく無いですか」
確かに、橘さんのマンションのクローク業務は今日は休みではあるのだが、昼間からバーのマスターと一緒というのは不思議な取り合わせである。
「まあね。ちょうどいいから、おまえさんも来いよ。忙しそうでもなさそうだ」
田代さんが言うと、橘さんが苦笑いしながらも、うんうんとうなづいた。橘さんに傘を差し向けてもらいながら、商店街の中にあるTashiroとバーニングペンで描いたような店の看板の掛かった木の重々しいドアを開け、BARたしろの中へ招じ入れられる。
「バレンタインのミニコンサートの最終打ち合わせ。おまえさんが弾く曲目を決めちまおう」
え、また弾くんですか、と戸惑うと、橘さんが「嫌ですか?」と悲しげに問うてくるので、曖昧に頷くと、弾くものと決められてしまった。
橘氏の亡き奥さんの形見のピアノをBARたしろで預かってもらっていることから、これまでに何度か、アマチュア演奏家やセミプロなどを呼び込んでミニコンサートを開いている。行きがかり上、ちょこっと弾ける、ということでピアノを弾く羽目になったが、そうたびたび人前に引っ張り出されるのはごめんこうむりたいというのが本音。
「そういや、今日、姫は仕事か?」
「え。いや、家に」
突然聞かれ、ごまかすだけに機転が利かずに、つい本当のことを言ってしまう。
「じゃあ、呼んどこう。どうせ演出・監督は姫なんだし」
田代さんが携帯を取り出し、こちらが止めるヒマもなくすぐに姫に電話をかける。
明日までの図面の修正があると言っていたので、まさか来ると思っていなかったが、「来るって」という田代さんの言葉通り、30分ほどで姫がやってきた。
いつもの通りに、普通に隣に座り、田代さんたちの話を聞く。
「じゃあ、依嶋もそれでいいってことで」
聞いていたようで、全く聞いていなかった話の中で、突然姫の声で名前を呼ばれて我に返る。
「え」
聞き返そうとしたら、姫が腕時計を見ながら、すでに席を立ちかけていた。
「よし。じゃあ、せわしなくて申し訳ないんですが、これで帰ります」
「なんだ? 忙しかったのか?」
「まあ・・・、忙しいような、そうでないような? 明日までに図面の修正をしておきたいかなってとこで」
笑いながらではあるが、すでに手帳は片付け、すぐにも店を出ようと身支度を整えている姫を見て、田代さんも事情を察したようで、引き留めはしなかった。
「依嶋。帰るだろ? 傘、持ってきたから」
否やは言わせないとばかりに俺が買ってきたコーヒー豆の包みを手に取った姫の後を、のこのことついて店の外に出る。
「姫」
話しかけたが、傘が開く音にかき消されてしまったようで、姫はさっさと地下鉄の駅に足を向ける。
仕方なく姫から渡された傘を開くと、姫は少し歩いた先でそれを見届けるように待っていた。が、俺が歩き始めると、姫もまた、数歩先を前を向いたまま歩く。
互いの傘の分だけ、近づきたくても近づけない。
傘を閉じれば、また近くに寄ることができるのだろうか、と思いながら、明かりが点り始めた商店街を抜けて、舗道を打つ雨を見ながら歩いた日曜の夕方。

@@@

不自然なまでに距離がある、と思うのは自分たちだけか、自分だけか。
間にひとりふたり置いて立つ地下鉄の3駅。話しかける隙も話題もないまま、自宅に着く。それでもやはり、話しかけるタイミングは掴めず、姫はさっさと件のこたつに入り込んで、製図の続きを始めるのだった。
買ってきたコーヒー豆はこたつの上に置かれている。手を出すのもなんだか癪で、コーヒーも入れずに、自分もダイニングのテーブルでコンピュータに向かう。小一時間ほど作業をしていたが、ふと肌寒さを覚えて、エアコンを入れようとしたが、リモコンが利かない。
何度もエアコンの室内機に向かって押すのだが、うんともすんとも言わない。
「スイッチ、入らないか?」
姫が手を伸ばしてリモコンを取り上げる。
「電池かな」
ぶつぶつ言いながら、姫が乾電池のストックを持ってきて入れ替えるが、それでもエアコンの電源が入らない。代わりに、故障を告げるエラー番号がリモコンのウインドウに表示された。
「故障、か」
姫が舌打ちを打った。
「明日、来てもらうよ」
「・・・仕事だろ」
「代休だから。出張の」
不承不承、といった体{てい}で姫が頷く。
「じゃあ、悪いけど、頼む」
そのまままた、ふたりとも無言に戻る。それぞれの手元でマウスがカチカチクリックされる音だけが、会話しているかのように鳴るが、当然ながら、声の会話は無い。
エアコンがきかない部屋は次第に空気が冷えてきたので、どんぶくを寝室から取ってきて羽織ったところで姫に声をかけられた。
「こっち、来れば?」
声色、というものが本当にあるのだ、と気づく。
あるいは、聞く側の取り様なのだろうか。
「おいで」と言われる声音ではなく、「さっさと来ればいいのに。寒いのに何もやせ我慢して」と聞こえてしまうことに、苛立ちを感じる。相手に対しても、自分に対しても。
「来ないんなら、寝室のエアコンつけるとか・・・とにかく、風邪、引くぞ」
たっぷり1分、姫が待った後に、捨て台詞のように言ってため息をついた。その苛立ちを感じて根負けして、自分のノートパソコンを開いたままこたつへ移動させる。コンピュータだけ先に置き、マウスを取りにダイニングテーブルのほうへと戻ると、後ろから姫の声が追いかけてきた。
「こたつがあって良かったじゃん」
言葉の内容自体にも腹が立ったが、その声に揶揄いの色が感じられて、なお、むっとする。持ってきたマウスを、こたつの上にぶつけるように置いた。
姫が片眉だけ持ち上げてこちらを見たが、知らんふりを決め込む。半ばムキになって、マウスを握る手に力を入れて、画面を食い入るように見ながら集中するふりをするうちに、かなり本気で仕事に没頭していった。姫が立ち上がったのさえ、邪魔をされたという気分に一瞬なったほどだ。物も言わずにこたつから抜け出した姫は、キッチンへ行ってケトルに水を入れ、クッキングヒーターに載せた。コーヒーの香りがかすかに届く。
買ってきた豆 ―― 俺のほうのブレンドだ。
豆の香りに少し奥歯を緩めたものの、姫の姿を素直に目で追うことはできず、視線をコンピュータ画面に向けたまま、耳と鼻で、目以外の全身で、姫の行動を追っている自分がいた。
かすかに口笛が聞こえてくる。
アメイジング・グレイス。つい、姫の鳴らす旋律を追って胸の裡で歌詞をたどり、ふとその中身を反芻して、意図しての選曲かと思うほど複雑な気分になり、まるで悪酔いしたような気分になる。
キーボードから指を外して、こたつの上に顔を伏せて目を閉じると、どっと疲れが落ちてきた。顔を隠してしまうと、ほっと頬が緩まる。歯を食いしばるように肩に力が入ったまま仕事をしていたことに気づくと、情けなさが増した。
コーヒーの香りが強くなり、温もりがそばに来た気がしたが、眠気が自分を捕らえて放さないようで、目が開けられないまま、なんとか耳だけ、眠気の沼から引きずり上げてみる努力をする。
「依嶋?」
姫の声。いつもの、柔らかいトーンで。
耳のそばで。
風邪引くぞ、と言いながら、前髪を掬い上げ、うなじのしっぽの髪を撫ぜられる。
「なんで素直になれないかな」
呟く声に、どっちがだ、と頭の中で突っ込みを入れる。
「・・・オレって」
と、続いた姫の呟きに、ちょっと自分が恥ずかしくなる。まだ、俺、怒ってるんだ、と。
姫、と言いたいのに、体が言うことを聞かない。それどころか、ずるずると眠りの沼に沈んでいく意識を引き上げることがかなわず、結局、そのまま眠り込んでしまった。
はたと気づいたとき、外はまださすがに明るくなっていなかったが、こたつと床暖房だけでは、部屋の空気は凍るように冷たく、姫がかけてくれたらしきどんぶくと毛布がなければ、完全に風邪引き確定だったと思う。そっとこたつを抜け出してカーテンの隙間から外を見ると、かなりの雪が降っているようだった。
「・・・ん・・・」
こたつに入ったまま寝てしまっている姫が、眠ったまま、こたつ布団を鼻先まで引き上げた。カーテンを開けただけで、凍るような冷気が入ってくるので慌ててカーテンの端と端を合わせる。
自分にかけられていた毛布を姫の肩周りにかけてやって、ついでに自分のどんぶくも上から掛ける。図面の修正はできあがったんだろうか。今日から立ち稽古のはずだが、朝、早いか遅いかも聞いていない。
もう一度こたつにもぐり直す。本当に、姫が言うとおり、こたつがあって良かった、と思う。思うことは思うのだが、それをどうやれば、感謝に変えられるか、というのは、今もまだ難しい。どちらかというと、勝手に買ったくせに、何を偉そうに、という思いがまだある。
もぐりこんだこたつのぬくもりのおかげで、再び訪れた眠気にあっさりと身を任せ、ついでに、こたつの中にある姫の手を探って触れる。
「どうすれば言えるんだろうな」
いや。そもそも、何を言えばいいんだろう。重苦しい壁を破ってしまうのは、たった一言で良さそうなものなのに、それがなんという言葉か、いつ言えば良い言葉か、見つからないまま不安に取り囲まれている。
眠りに引き込まれていく中、姫の手に触れている指が、きゅっと握られた気がした。
再び、部屋が明るくなってから目が覚めたときには、すでに姫はいなかった。
こたつの上はきれいに片付けられていて、自分のPCだけが載っている。
昨夜、姫が淹れてくれた気がしていたコーヒーも跡形もなく、そして、いつもならありそうな姫からの書置きすら、今朝の冷たい空気で冷やされた部屋には残っていなかった。
テレビをつけると、大雪の首都圏で混乱している交通情報が飛び交っていた。
「大雪、ね」
故郷で言うところの「大雪」とは違う意味の「大雪」に笑う気にもなれない。
「帰りも遅いんだろうな」
遮光カーテンの裾から僅かに零れてくる陽の光は、むしろ寒々しくて参った月曜日の朝。

<Slep Warm 3へ続く>

 

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