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Flowers to bloom (1)

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Flowers to Bloom

朝のアラームは7時。スヌーズを5回繰り返して、7時25分。
「ケントー。時間ー」
店のカウンターに置いた齧り差しのトーストと冷めきったコーヒーを一気に腹の中に収めて、「じゃ」と短く言って、自転車にまたがって出かけていく革ジャンの背中。
朝の仕入れと在庫の手入れをするために、3時起きで自分のマンションを出てくる。いつか身体を壊すから、やめよう、と唯登が言うのに、全く聞き入れず、もう3年。
これからとりあえず、朝の11時過ぎまで、店を開ける。
11時を過ぎれば、よその花屋も開店するので、とりあえず、うちじゃなくてもいいだろう、ってことで、一旦店を閉めて、唯登は休憩。一応、経理的なことをやったりする時間、という名目ではあるけれども、一人暮らしとはいえ、家の中だってほったらかしていては散らかるし、汚れるし、で、掃除してたりすることもある。あと、外注で頼まれている生け込みに行くことも。
iPhoneの着信音がエプロンのポケットで鳴った。
『車ん中にサイフ忘れた。免許入ってるから取っといて』
「またか」
仕事に行っていれば金を遣わないから、と、研人はしょっちゅう財布を忘れていく。朝の開店前準備から午後3時までは美容院の仕事。昼飯は向こうで弁当が出るので、基本、確かに、店にいる限りは金を遣うこともなさそうではある。
「『おっけ』と」
メールを返して、店の裏にとめてある軽バンにケントの財布を取りに行った。
「お?」
助手席に小さな鉢が一個。研人が自分の部屋用に買った観葉植物だ、きっと。鉢と財布を引き上げて、店に戻ると、お得意さんが店先で待っていた。
「おはよう、ユイくん」
「おはよう。香苗ちゃん。今日は何する?」
毎週月曜日、教室に飾る花を登校途中で買いに寄ってくれる近所の小学校の生徒だ。
「木曜日、授業参観なの。先生も特別にカンパしてくれたから、いつもより豪華なお花にしてください」
普段は子どもたちが学級費の中からやりくりお金で、毎週のお花を買う、というのが、この一年の香苗ちゃんたちのクラスがやりきる「プロジェクト」んおだそうな。毎週200円で、一本でもいいから教室に飾るお花を絶やさないこと、が目標らしい。ときどき、担任の先生が「カンパ」して、今日のように、授業参観があるときには、少しグレードアップする。
「かしこまりました。んー」
全部で500円。ガーベラ、スプレーマム、トルコキキョウ、スカビオサ、ホワイトレース、クジャクソウ、木曜日が授業参観ってことは、まだ、今日から4日間きれいに咲いていなくちゃ可哀想だし、と少し「落ち目」の花たちを見ながら考える。落ち目の花を安く渡してあげると、オマケができるが、4日目まできれいなままで、となると、500円では、大マケにまけたものとなるのは必須だ。
「あ」
ふと思い出したのが、鉢植えだった。
「香苗ちゃん、鉢植え、どう?」
「鉢?」
店の表から見えるようにしつらえた明り取りの大窓にディスプレイした棚から、4号の鉢をひとつ持ってくる。
「これ、教室の日当りのいいところに置いてあげたら、木曜日にはきれいに花が満開になるくらいなんだ」
鉢植えで満開となると、あとはもう、花が落ちるから、売り物にはできない。が、これから4日先にきれいな姿は見せてくれる。
「花が咲いちゃった後は?」
「四季咲きだから、丁寧に手入れしてあげれば、またつぼみが出てくるよ」
これなら、と5枚の百円玉のうち、3枚だけ取って2枚を返す。
「いいの?」
「うん」
鉢を抱えて学校へ行く香苗ちゃんを送ると、次から次へと「朝のお得意さん」が来る。朝の出勤前に花が入用な人ってのは結構いるもんだ。
やがて、10時を回ると、暇になる。鉢植えの手入れをして、午後からのホテルの生け込みの花を準備し、店先に出した花入れはぼちぼち店の中へと移していく。
と、ケントからメールが入った。
『ホテルの生け込み、気を付けて』
ありがたいな、と思う反面、過保護め、とも思う。
でも、ケントがいなければ、こうやって店を成り立たせていくこともできなかった。それも事実。
山手の老舗のホテルで生け込みが済んだら、いつものホテルブレッドを買って帰ってきてやろう。パンに目がないケントの大好物だ。
yuiとキャンバス地に薄いブルーで抜いたロールスクリーンを膝高まで下ろし、店のガラス扉を閉めて、軽バンでホテルへ向かう11時10分。
途中、ケントの美容院の前を通る。ちょうど信号が赤に変わって、美容院の真横で停車すると、ケントの姿が店の中に見えた。どうやらカット中らしい。3時までしか店にいないと言うと、わざわざ仕事を休んでまでケントを指名する客もいるというから、それなりに腕がいいのか、人となりが好かれているのか。
「愛想、そんなに良くないと思うんやけどな」
独り言ちてくすっと笑う。いつの間にか信号が変わっていて、後ろの車に軽くクラクションで促された。
ホテルの搬入口に着くと、いつも手伝ってくれるホテルの女性従業員ではなく、大学生のような若い風貌の男性がひとり、待っていた。
「yuiさんですか? お花の?」
「はい。えっと?」
「今日、いつもお手伝いをしております高井が風邪でお休みをいただいておりますので、私が代わりにお手伝いします」
「ああ。では、よろしくおねがいします」
花を車から下ろした後は、いつもは女性従業員の高井が軽バンの運転を代わって地下の駐車場に入れてくれる。従業員や搬入車用の駐車場が狭くて、駐車が苦手な唯登はここのホテルの駐車は嫌いなのだ。
「すみません。私、免許ないんです」
私有地とはいえ、さすがに免許のない従業員に運転は代わってはもるわけにはいかないだろう。
「じゃあ、花を全部、フロントの生け込み場所へ移しておいていただけますか。車を停めてから行きます。床の養生とかは」
「それはわかります」
良かった。少しは「使える」のかな。
そう思いながら、地下駐車場へのスロープを下る。いつもの高井は、唯登がこのホテルの生け込みを担当し始めたときから、ずっと手伝ってくれているので、手順も馴れたもので、安心して手伝ってもらえている。彼女がいないなんて、3年間で初めてだ。ホテルの勤務だからシフト制なのだろうが、おそらく、生け込みのときにちゃんとシフトを合わせてきてくれているのだろう。
そんなことを考えながら車を停めていたら、案の定。
「あ」
がり、っと鈍い濁った音がして、唯登は口をゆがめた。
しまった。またケントに怒られるぞ。
左のミラーが駐車場の柱を擦っていた。
兎にも角にも車を停めて、ホテルのフロントへ急ぐ。エントランス正面の大花を生け込むのだ。行くと、先ほどの男性が、根元を紐で結わえて束にしてきていた花を、すでにきれいに捌いてくれていた。
「手際、いいですね」
唯登が驚いて言うと、「実家が花屋でして」と照れくさそうに笑った。
「せっかく、家の商売を継がなくて済んだと思ったのに、お鉢が回ってきてしまいました」
「花屋、嫌いですか」
「お花屋さんに言うのもなんですが」
大嫌いでした、と屈託なく笑われたら、唯登も悪い気にはならなかった。
「それより、お車、停めにくかったですか」
駐車に時間がかかっていたことを、さりげなく指摘された。
「ミラー、擦っちゃいました。あ。柱ですけど」
「ああ。あの一番左端のスペースでしょう。コツがあるんです、あそこ」
免許がないと言っていたのに、運転に詳しいのか、と訊ねると、「免停中なんです」と返ってきた。
普段手伝ってくれている高井は、てきぱきと作業を進めるが、ほとんど口は利かない。唯登も女性相手にさほど口がうまいわけでもないので、ホテルの正面玄関という場所もあって、必要以上の雑談もせずに作業を行っている。が、男性の従業員相手だと、うるさくは喋らなくても、案外話しやすく、一言二言交わしながら作業するだけでも、気持ちがほぐれてやりやすいものだと初めて識った。
その上、この井野上という男性従業員は、花の扱い方が高井とは格段に違っていた。実家が花屋だと言った通り、いや、それ以上に。
「何か、花のお仕事をほかに経験が?」
フロント前の大花を活け終えて、片づけをやはり手際よく済ませた井野上に、訊いてみた。が、返ってきたのは、ホテルマンらしい行儀の良い微笑みだけだった。イエスともノーともとれそうである。
「こちらのお花はどうすれば?」
バケツひとつ分、別に用意してきてあった花を指して、井野上が唯登に指示を仰ぐ。
「スイートルームだそうです」
「ああ」
では、こちらへ、と従業員用の通路へと案内され、バックヤードのエレベータで最上階まで連れていかれる。
「初めて来ました。最上階」
従業員通路から出て、最上階の廊下を歩きながら、窓の外を眺めて唯登が呟くと、バケツを持って先に立って歩いていた井野上が言った。
「そうでしょうね。10階から上は特別なエリアとして、宿泊客だけしかエレベータも止められないですから」
フロントで掌紋登録をしてカードキーに読み込ませるのだという。そのカードをエレベータの中のカードリーダーにかざさないと、指定階にエレベータを止められないのだそうだ。
「こちらでお願いします、・・・と」
両手がバケツで塞がっているので部屋が開けられないことに気づき、唯登が慌てて花の入ったバケツを持った。
「ありがとうございます」
井野上がカードキーをドアの、旧来なら鍵穴があるような部分に当てると、小さな音がして緑のランプがドアノブの横に1回だけ点灯した。
「わ。広っ・・・と、失礼」
思わず、砕けて、かつ関西弁が出る。井野上がくす、と小さく笑った。嫌な笑いではなく、親近感を持ったような笑いだった。
「80平米のミニスイートルームです」
「これで、ミニですか」
「はい。わたくしどものホテルでは、スイートが4種類ありまして、60平米のファミリースイート、80平米のこちらのミニスイート、その上は120平米のグランスイートと150平米のロイヤルスイートがございます」
「一生、縁が無さそうです。仕事で入れてラッキーだったかも」
首を振って気を取り直し、唯登が仕事に立ち戻る。
「どこにお花を?」
花器は途中で倉庫に寄って、井野上と一緒に選んで持ってきた。ガラスの大振りの皿のような花器を井野上がローテーブルの上に置く。
「こちらでお願いします」
低めに切りそろえて、
花器の上にドームを作るように生けていく。井野上が凝と見ながら、訊いてきた。
「どうして、男なのに、花屋を? ご実家なんですか」
「実家、ではないんですが、両親がガーデニングを仕事にしていたので」
「あなたは、ガーデニングではないんですか」
「体力があまりないので、大物は扱うのがつらくて」
ガーデニングとなると、重量のある植物やエクステリアも扱わなくてはならない。男のくせに情けない言い訳ですが、と笑いながら、ダリヤの茎を切っていく。
「それより、客室に生花を生けるご注文、こちらでは初めてですね」
「ああ。そうですね。最近ではめっきり、花粉症だとかアレルギーとかで、生花は入れないことにしているのですが、今日のお客様のご要望でして」
「生花を?」
井野上が少し躊躇して、それから口にしたのは意外な返答だった。
「というより、あなたのお花を、というご希望なんです」
唯登の手が止まる。意味がわからない、というように少し首を傾げて井野上を見た。
「フロントの花を生けている方に、部屋のお花を頼んでほしい、と」
「ああ、なるほど」
そういう依頼ならわからないでもない、と唯登は再び手を動かし始めた。
「どこで花の勉強を?」
「フローリストの専門学校には行きました。あとはまあ、独学、ということになるでしょうか」
井野上さんは、と唯登が続けた。
「井野上さんは、華道の方でしょう?」
今度は井野上のほうが小首を傾げている。
「先ほど、フロントの花をお手伝いいただいていたとき、切り方とか、挿し方を見ていて、なんとなくそう思いました。違いますか」
まいったな、というように首を振って、「当たりです」と言う。
「もしかして、ご実家というのも花屋ではなくて・・・」
唯登が質問しかけたとき、エプロンの下の胸ポケットでiPhoneが小さく鳴った。
「すみません。いいですか?」
iPhoneを取り出しながら井野上に断る。研人だ。
「どうぞ」
一応、井野上の許可を聞いてから通話のボタンをクリックした。窓際へ寄り、窓に向かってiPhoneに喋る。
「ケント? なに?」
『ごめん。3時には戻れへんかも。事故った』
「事故? ケント、怪我は?」
唯登の言葉の途中で通話は切れた。
「ケント? ちょっと、おい?」
事故った。確かにそう言ったように聞こえた。
「どなたか事故ですか?」
井野上が声を掛けてきて、唯登の真っ白になっていた頭が現実に引き戻される。
「ええ。相方・・・えっと、いとこです。一緒に仕事をしている」
はとこ、というと聞き返されることが多いので、大抵は対外的には「いとこ」で通すことにしている。
「お怪我とかは? 今は病院?」
「わかりません。あのバカ、電話切りやがって」
後半はつい関西弁になってしまう。
「では、お戻りになられたはほうが」
「とにかく生けてしまいます」
3分の2ほど生けてあった花器の前に戻り、唯登がスピードアップしてアレンジを完成させにかかる。
10分もかからず仕上げてしまうと、後片付けを手早く済ませ、井野上と共に従業員エリアに戻ってエレベータで直接地下の駐車場へ送ってもらった。
「ご心配ですね」
落ち着かない風にエレベータが下がっていくのを階数ランプで見ていた唯登に、井野上が声を掛けた。
電話を途中でぶった切ってしまった研人に腹を立てながらも、井野上には冷静に応える。
「自分で電話を掛けてきていたわけですし、声は元気でしたので大丈夫だとは思います。むしろ、相手がある事故なら、相手の方のほうが何もなければいいのですが」
研人は180cmを超えてガタイがいい。自転車とはいえ、相手が自転車、歩行者、ともに心配だ。さすがに自動車相手ならば、研人のほうが心配ではあるのだが。
地下の駐車場でバケツや道具類を後部に積み込んで、エプロンを外して投げ入れると、エンジンを掛けた。
擦った左側のミラーを見ながら、研人の怒る声を期待している自分がいた。

<2へ続く>

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