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Sleep Warm 7 – Friday –

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Sleep Warm 7 – Friday –

「風邪ですか?」
ぐずぐずと鼻を言わせていると、那珂川がティッシュの箱を差し出した。
「ん~~~」
「鼻づまりと鼻水、37度5分微熱、といったところか。風邪だな」
宇草に勝手に診断される。
「マスク買ってきます」
「それより家に帰れ。どうせ有休も溜まってる。ただし、長池邸と浦田邸の平図面を月曜日までに仕上げてこい。土日できっちり治すんだな」
言い終わるときには、那珂川がすでに両案件のファイルを揃えている。
ご丁寧に使い捨てのマスクがファイルの上に乗せられていた。
くそ重たいファイルの入った紙袋を提げて、地下鉄の駅へと歩く。歩きながら、メールを打つ。
<今夜、遅いか?>
電車に乗るまでに返答があればよし、くらいに思っていたら、即座に電話が鳴った。
「休憩中か」
――そう。そっちは?
「家に帰るところ」
――なんで? 具合悪いのか?
「半休だよ。一昨日徹夜仕事した分。自宅仕事持って帰るけど。夜、遅くなるのか」
――小屋が9時までしか使えないから、9時で〆て帰る。
「了解」
9時に稽古を終えて帰ってくるなら、帰宅は10時にはなるだろう。先に寝てから仕事するか、仕事をしてから一旦寝るか。
「仕事したら姫が帰るまで仕事してそうだし、寝たら寝たで、姫が帰るまで寝っぱなしになりそうだな」
欠伸を連発しながら、とりあえず、駅のそばのドラッグストアに入る。風邪薬だけは買っておこう、と思った。明日は姫の芝居の初日のはずだ。明日が無理ならせめて明後日の日曜日には観に行くつもりだった。
「おとなしく寝てたわけじゃなさそうだな?」
いつの間にか姫が帰宅していたらしく、目を開けると、目の前に姫の顔があった。
こたつの上に広がっている資料を見られては、仕事なんてしてないとは言い訳できない。
「いつ帰ったの。随分前か」
「いや。ほんの10分ほど前」
「帰ってたんなら起こせよ」
「ヨダレ垂らして寝てる顔は珍しいからな。つい、見入っちまった」
慌てて口元を拭うと、「ウソだよ」と笑われた。
「熱は出てない?」
姫がこたつの上の空いているところに、コンビニの袋を置く。2リットルペットボトルのアイソトニック飲料が頭を覗かせている。
「姫、これ・・・?」
「電話の声が鼻づまりな声だったからな。風邪引いたんだろうと思って」
そう言いながら、人の前髪を撫で上げて額に額をくっつけて熱を計るが、姫の額が冷た過ぎる。
「外、寒いのか」
思わず、額に当てられた指を握ってみる。手袋をしないから、氷のように冷たい。
「あー。まあ、寒いかな。夜中、また雪になるって」
「ふうん」
「熱はさほどなさそうだが、声がえらく掠れてきたな」
「寝起きだから」
暖房かけて、こたつ点けて寝てれば、口の中も喉も渇くだろう、と言おうとしたら、早速ペットボトルを開けて、飲料を口移しに飲まされた。
「よし。上手に飲ませられた」
思わず吹き出す。飲み込んだあとで良かった。
「まだ覚えてたんだ」
「そりゃあ覚えてるでしょ。蓮ちゃんに初めてキスして下手だと怒られたんだから」
「俺、下手だなんて言った? 第一、あれは」
なんとなく姫がここで一緒に暮らし始めから、2年ほど経った頃か。風邪を引いて寝ていたところへ、口移しで、やっぱりアイソトニック飲料を飲まされたのだが、気管に流れ込んでひどく噎せかえったことがあった。
「あれはキスじゃなかっただろうに」
「キスするいい口実だったに決まってるだろ」
もう一口、と姫が飲料を口に含もうとするから、いいからコップを持ってこいよ、と肩を押した。口を尖がらせて文句を言いながら、コップを持ってきて飲料を注いでくれる。
「風邪、移ったらまずいだろ」
「治す」
「移らない」でもなく、「移っても構わない」でもない、ある意味、バカがつくようなストレートな思考。「移ったら、治す」。
いかにも姫の受け応えだなと思うと頬が緩む。
「なんか嬉しそう?」
「いいや。別に」
姫なら、素直に言うだろうか。嬉しい、と。仲直りして、キスして、こうして一緒にいることが嬉しいんだ、と、素直に。
自分がそう言うところを想像して、込み上げてくるものを隠すために、姫の首に抱きつく。笑みと、目の奥の熱いものと。
「どうした?」
「・・・今晩、メシ、どうしようか」
風邪でつまった鼻声なのが幸いした。
「俺が作るよ」
「冷蔵庫、空っぽだと思う。何か取ろう」
なんか有るだろうから大丈夫、と、姫がストッカーから探し出したものと、冷蔵庫に残っている何がしかを見繕った結果、小さな土鍋を運んできた。
「みぞれ?」
「うん。ちょっとは喉にいいかと思って。大根だし。中はうどんだけど。冬は時々、田代先輩の店でも作ってたんだ」
ふたりでテーブルの角を挟んで90度の位置でうどんを啜る。定位置で食べる食事に安心してか、温かい食べ物に人心地ついたからか、みぞれで少し温度が和らいだ汁ものは、うまく喉を通って腹に収まった。
「みぞれのおかげで食べやすかった。ごちそうさま」
「よしよし」
汁だけが残った小鍋を覗き込んで、満足した顔で姫が食器を片付ける。
洗おうか、とシンクに立ち並んだが、少ないから、と断られる。そのまま横に並んで、手元を見ながら、姫の鼻歌を聴いていた。
「姫って、俺が食事するとなんか喜ぶのな」
「普段、食わせてもらうほうが多いからな」
これで終了、と姫が、布巾の上に水を切った小土鍋と蓋を伏せて言った。
「誰かを満足させるのは嬉しい。メシもそうだし、芝居もそうだし」
シンクに凭れたまま、キスをされる。
「依嶋のことも」
優しく抱き抱えられ、肩先に顔を乗せた姫が、耳元で言う。
「悪かった。ほんとに」
ぽんぽん、と臀を優しく叩かれる。ときどきこうして、子どもをあやすように扱われると癪に障るのだが、今日はそれもいいかと思える。
「なんか、飲むか。コーヒーでも入れてやろうか」
甘いものが欲しくなる。とことん、気持ちが温められるような。

<Sleep Warm 8へ続く>

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