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Flowers to bloom (2)

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Flowers to Bloom

とりあえず、車に乗ったものの、どうすればいいのか、駐車場を出たところではたと迷った。後ろから続いて駐車場を出てきた車にクラクションで促され、とにもかくにも、ホテルの出入り口から左にハンドルを切る。少し走って、路側帯で車を停めた。研人に電話をしようかどうしようか悩む。
事故と言ったからには、もしかしたら、治療を受けていたりして、電話をかけても出られないかもしれない。
iPhoneの画面が暗くなってもまだ睨んでいると、突然画面が明るくなり、着信音が鳴った。
「わ!」
ケント、と呟いて、受話器アイコンをタップする。
「ケント?」
「ユイ~。参ったわ。悪ぃ。やってもた」
「どないしたん? 怪我したん? させたん? 大丈夫なん?」
「あー。それは大丈夫。けど、チャリ、壊してもた」
「壊した、て・・・どないなったん」
ごめん、また後で電話する、と勝手に言って、勝手に切れる。
一体、今、どうなっているのか、さっぱりわからない。
「もう」
通話が切れたiPhoneを助手席に放り出し、とにかく、研人の職場の美容室へと向かうことに決めた。
あの角を曲がると、道の反対側に研人の勤める店がある。
そう思って、ウインカーを出して左に曲がると、研人の店の前にパトカーが停まっていた。
「えっ」
思わず、ブレーキを踏む。慌ててハザードランプ。
パトカーの近くには研人の自転車が横倒しになっていた。
車から降りて、道路を横切ろうとしたら、警官がこちらに気付き、大きく腕を使って「駄目」のゼスチュアらしきものをして見せる。
そのうち、別の警官と話をしていた研人がこちらに気付き、大声で叫んできた。
「ユイー。そこ停めたらあかんて。そこ、駐停車禁止や。店の駐車場停めてきー」
「あ」
イトコなんです、心配して来たんだと思います、と研人が警官に説明するのまで聞こえた。
研人のバカでかい元気な声に唯登は少し落ち着きを取り戻して、もう一度車に乗り込んだ。1ブロック先にある、研人の美容室が来客用に契約して借りているコインパーキングへと向かった。
車を停めて、走って店の前まで引き返すと、研人がちょうどパトカーに乗ろうとしているところだった。
「研人! なんで? 逮捕されたん?」
見れば、事故の相手らしき車も人もいない。もしかして、人はすでに救急車で運ばれたとかなのだろうか。それとも、もっと最悪なことに。
一瞬にして嫌な考えが頭を巡ったが、研人は「違う違う」と明るい声で、唯登の考えを見透かしたように先回りして否定してきた。
「事故の相手のおっさんが先に警察署のほうに行ってんねん」
だから自分もこれから行かなくてはならない、と研人に言われたが、今一つ唯登にはその説明が理解できない。
「外国の人でね。英語ができるのが署にいるもんだから、調書を取るのに署に行ってもらったんだ。今から彼にも行ってもらわないといけないんだけど」
「ちょっと行ってくるわ」
「ちょ、ちょっと、研人」
気軽にパトカーに乗り込む研人の腕を掴もうとしたが、あっさりパトカーに乗ってしまった研人に焦っていると、警官に「一緒に行きますか?」と言われた。
「いいんですか」
「あなたさえ構わなければ」
そう言われて、研人の隣に乗せられる。
来んでもええのに、と研人が不満げな顔で小さな声で告げたのに、「だって研人の話、全然わからんねんもん」と言えば、左隣の警官が小さく笑いを漏らした。
「失礼しました。ふたりとも見事に関西弁と標準語を切り替えて使ってるもんだから、つい」
そう言って、まだ笑う。
確かに研人も自分も、大抵は標準語で人としゃべり、2人で話すときにはごく自然に関西弁にスイッチする。
「イトコでしたっけ?」
「あ。正確には、またいとこです。母親同士がイトコ同士なので。またいとことかはとこって言うと、聞き返されてしまうので、イトコって言う癖がついてしまっていて」
嘘を言ったわけではないのだ、と警官相手に緊張しつつ唯登が説明する。
「なるほどね。あ、と。申し訳ないけど、警察署のほうまで来てもらいますね」
交番を横目にして、警官がすまなそうに言った。
「自分も彼も英語がだめなもので、警察署で相手の人の調書を取らせていただいています」
自身と運転席の警官のほうを目で示しながら言った。
「ちょうどいいかも。オマワリさん、こいつ、英語喋れます」
「助かります。先方の話されたことを水木さんに通訳していただくだけでも」
「英語、でいいならなんとか。イギリスの人ですか。アメリカ?」
「イギリスから来たばかりだということを言われてるのは、自分でもなんとかわかったんですが」
恥ずかしそうに苦笑する。そんな会話をしている間に、警察署へ着き、研人と共に交通課へ案内されたのだった。
「お待たせしました」
研人の事故相手と思しき大きな背中に向かって、唯登たちを連れてきた警官が日本語で挨拶をした。通訳についていた年配の女性が先に立ちあがる。
「あら。ユイちゃん」
近所の顔なじみで、唯登の店のお得意さんでもある女性が、驚いた顔でこちらを見た。ボランティアで通訳の手伝いをしているのだそうだ。
「ケントくんも? まあ、もしかして」
「すみません」
研人が殊勝にも、さっと頭を下げる。
「オレ、自転車でよそ見してて、そっちの外人さんにぶつかりそうになったんです」
「でも、ぶつかりはしなかった、ってこちらの方が」
「ああ、ええ。確かに、ぶつかりはしないで避けたんですが、はずみで転んでしまわれて」
警官が後を引き取ってユイに説明してくれた。
ちょうどパトロールで交差点で信号待ちをしていたところ、目の前の横断歩道でその事故が起きたもので、見過ごすわけにはいかなかったので、調書を取ることになったのだ、と。
<彼は私をちゃんと避けてくれた上に、自分の自転車を街路樹にぶつけて壊してしまったので、被害は彼のほうが大きい>
事故の相手が振り返って、英語でそう説明した。
「エイリス・アナキンさんとおっしゃるそうよ」
エイリス・アナキン、と唯登が小さく口の中で繰り返した。まるで何か、懐かしいもののようにつぶやいた、と研人は思った。
「あ」
思わず口を押えたが、「uncle」と言ったのを研人は聞き逃さなかった。
そして、そう呼びかけられた相手もまた、それを聞き逃してはいなかった。
「You know me?」
<They are cousins. Yui is his name>
通訳されて、一瞬アナキン氏は考え込んだ風に見えたが、すぐに目を輝かせてユイの名前を呼んだ。
<ユイ? 本当に? あのちっちゃなユイ・ボーイ?>
アナキン氏の大声に、唯登が恥ずかしそうにあたりを見回しながら頷いて見せた。
<Yes. So yes, I am>
<すごい。会えるとは思っていなかったよ。会えたらいいなとは思っていたけど。大きくなったね。ここでこうして会えなかったら、君だとわからなかった>
「ユイ、だれ?」
「イギリスの・・・両親と一緒にイギリスで、お世話になっていたガーデン・マムの弟さんなんだ」
事故のことも、事故の相手の研人もそっちのけで、唯登との再会を喜んで騒いでいるアナキン氏に、通訳の女性が一言二言話し掛け、女性は今度は警官に向かって、「怪我もないとのことですし、当事者の親戚と知り合いのようですから、ここで伺ったお話でもうお帰りいただいてもいいのでは」と手打ちにしてくれるよう要求した。
「はあ。そうですね。えっと・・・」
研人と警官は、通訳の女性が書き取った英語のメモを、女性に日本語に訳して説明してもらい、研人が署名して拇印を押すと、それで3人とも放免されたのだった。
「しまった。ユイには車でついてきてもらえば良かったんや」
「足がない・・・のか」
不承不承、署の前で客待ちしているタクシーに向かおうとして、唯登がアナキンに話し掛けた。
<あの・・・アナキンさんはどうされますか。一緒に吉祥寺まで戻りますか>
<エイリスでいいよ。昔のように。君たちさえ良ければ、元の場所まで連れて戻ってもらえると助かるんだが>
<もちろんです>
そこまで話して、研人に「いいやんな?」と同意を求める。研人が「?」な顔をしたので、一緒に研人とぶつかった場所まで連れて戻ると言ったことを話した。
助手席に研人が座り、唯登とアナキンが後部座席に並ぶ。
「ケント。アナキンさんが、自転車、弁償するって言うてはるんやけど」
アナキンと話していた唯登が中身を通訳すると、研人が驚いてそれを遠慮した。
「あかんて。よそ見してたんはこっちやねんから。それより、ほんまに怪我がないかどうか、明日とか明後日とかも、ユイ、ちゃんと連絡が取れるようにしといて。なんかあったら困るし」
唯登がアナキンにそれを伝えると、アナキンが大声で笑う。
「なんで笑ってはるん?」
「ケントのこと、体に見合わず細かい気遣いする男の子やな、って」
体に見合わずは余計やわ、と研人がぼやいた。
「あれ?」
タクシーの運転手が信号右折し、唯登が異を唱えるように言った。
「あ? 違いましたか?」
「はい。ここ曲がっちゃうと当分、一通なんで遠回りになってしまうんですけど」
「それ、先に言ってくれませんかね」
運転手の口の利き方に唯登はムッとしたが、研人のほうが反応は早い。
「タクシー運転手やねんから、そっちのほうが知ってて当たり前なんちゃうんか」
喧嘩腰になると関西弁のスイッチを入れる。わざとなのだ。
「このあたり、良く知らないんですよ。23区内のほうからお客さん乗せてきて、帰るところだっただけですし」
「せやからって、そんな言い方客にするんか」
「だって、そちらのほうがこのあたりのヒトなんでしょ?」
だったら、とまだぶつぶつ言いたげな運転手の口調に、アナキン氏も大体の見当をつけたらしい。
「Stop, please」
短いが、強い口調で運転手に言う。
「は?」
「停まれ、言うてんねんやろ」
「停まれって、こんなところでいいんですか」
「Yes.  We’ll get off」
「は?」
「降りる言うてんねん」
線路脇の住宅街の細い道で車を停めて清算し、3人は車を降りた。運転手の舌打ちを3人とも聞き逃してはいなかった。
「ケント、ちゃんと英語わかるやん」
「あほ。タクシー乗ってて、怒ったらみんな言うことはおんなじやわ」
な、とアナキンに目配せをすると、アナキンもにやっと笑って大きく頷いた。
<ごめんなさい。ここから10分ほど歩くことになってしまいます>
唯登が謝ると、アナキンのスーツケースのハンドルをケントが持った。
「アイムオールライト。任せときて」
遠慮しかけたアナキンの手を断り、研人が先に立って歩き始めた。が、ふと振り返って唯登に訊く。
「ところで、この人、どこへ行きたいねんやろ」
「あ、そっか」
事故のあった場所へ戻る、というのは、ひとつの目安であって、もともとアナキンはどこへ行こうとしていたのか、と唯登は訊いた。
「マダム・フルール?」
フランチャイズ展開しているフラワースクール併設のフラワーショップの名前を挙げて、そこへ行きたい、と言った。
確かに本店・本校とされるスタジオ兼ショップが吉祥寺にはある。
「Do you know?」
<ああ。ええ。ええっと、知っているんですが、どうして、また?>
<実は、今回日本へ来たのは、僕のフラワースクールを日本で開きたいというオファーをもらってね。それで、どういう人たちなのかを見てみたくて>
研人が唯登の肩をちょんちょん、とつつく。
「ああ、ごめん。アナキンさんのフラワースクールを日本で開くかもしれなくて、その下見というか、商談、なのかな、なんかそんな感じで日本に来たんやて」
Yui、と呼ばれてアナキンを見上げると、アナキンが指を振って、「no, Anakin-san. Call Alice」と笑って訂正した。唯登が、Uncle Aliceと呼びかけると、さらににっこりしてエイリスは上機嫌になる。
<そのフラワースクールをユイは知っているのかい?>
<わかります。そんなに遠くはないですけど、よければ車でお送りしましょうか>
荷物もあるし、と研人の手の中のスーツケースを見やると、エイリスはありがたい、と言ってユイに抱き付いた。
<駅までは英語がたくさん書かれていたんだけど、駅を出たら、大きな道とかにしか英語がなくてね。歩いている人に訊いても逃げられるし>
日本人は英語を話すのも聞くのも苦手だ。唯登はくすっと笑って、研人に、さっき自分たちのワゴンを停めた駐車場へ行くよう話した。
「さっき、マダム・フルールって聞こえたけど?」
「うん。マダム・フルールの本校へ行きたいんやって」
「そこで教えはるんか」
「いや、そういうわけとちゃうみたい」
唯登にも今ひとつ事情が呑み込めないが、単純に開講するという感じではない気がする。
「って言うか、アナキンさんってフローリストなん?」
「No, Kent. Call me “Alice”」
エイリスが自分の鼻を指さしながら、子供に諭すように研人に自分の名前を言った。
「おっけー。おっけー。アンクル エイリス」
Very GOOD! と笑いながら、今度は研人を抱きしめる。研人がかろうじてエイリスの腕から抜け出して、3人はエイリスのスーツケースを転がしながら駐車場に向かいつつ、唯登は研人に説明する。後ろを、ふたりの会話がなんとなくわかっているのかわかっていないのか、にこにこ顔の大きな体のエイリスがついてきた。
「俺がイギリスに居た頃は、ガーデン・マムのところで手伝ってはったんやけど、何年か前から『アリス・アナキン』って名前でフローリストとしてイギリスでスタジオとスクールを開いて、マムのところからは独立したっていうのは雑誌とかで見ててん。日本からもエイリスのところは習いに行って、帰ってきた人とかがフローリストとして活躍してるのも」
「マダム・フルールも?」
「うん。あそこの石原さんって」
「ああ、わかる。あのケバいおばちゃん」
ケント、と唯登が窘めた。ぺろりと舌を出しながら、「だって、おまえかて、いっつも言うとるやん」と研人が嗤う。
「それはええの。石原さんがアナキンで一年間勉強してきました、って言うのを去年から言うようになってたんは知ってたんやけど」
アナキンの看板を上げたいってことなんやろか、と心配になる。
「なんか気に喰わんのんか」
研人に指摘されて、顔を上げた唯登が、ふと首を振って、「ううん」と言うと、研人が唯登の耳を抓る。
「俺が言うこととちゃうから、ってか?」
研人の手を振り払いながら、お見通しか、と苦笑した。
<エイリス。あの・・・マダム・フルールのスタジオへ行ってどうするの? Eiko Ishiharaさんと会う約束?>
<いや。それは明日の予定。今日は偵察>
<偵察?>
「スパイ?」
唯登と研人が同時に訊く。
<どんなスタジオか、先に見ておきたいんだ。彼らは僕のスタジオに勉強に来て、僕のことも、僕が作る花も、僕のスタジオも知っている。でも、僕は彼らのことは、彼らが寄越した資料でしかわからない。だから明日、彼らに会う前に、彼らのありのままを見ておきたいなと思って。商談は明日、僕のパートナーと弁護士が来てからだ>
唯登がざっと研人に通訳する。通訳しながら、<エイリス、ねえ、『彼ら』っていうのは、マダム・フルールと? ほかにも?>と訊くと、エイリスは鞄から手帳を引っ張り出して読み上げた。
<Na-ga-ya-ma-Ka-dan。知ってるかい?>
「永山花壇!」
叫んだのは研人のほうだった。

<to be continue>

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