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永田町ブルース[G]

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こちらはド素人の依嶋作品です。バカ全開なので注意。
尚、喩えがいちいち昭和臭いのは作品自体が異常に古いからです。

永田町ブルース

登場人物紹介

佐藤 栄作
アマチュアバンド”sexual apathy”ボーカル
茂に片思い中
吉田 茂
天然入ってるギタリスト
主食は肉
口にくわえてるのはピックじゃなくてビーフジャーキー
原 敬
シンセサイザー 笑う乱暴者
毅と相思相愛の仲
犬養 毅
ドラムス 常識人なのに変な性癖アリ
ジョン・F・ケネディ
ベース/アメリカ帰りのハーフ
両刀万歳野郎
吉田 真紀子
茂の妹(高2) 茂似のかっこいい女の子
兄同様、少し変わっている
公美子 真紀子の同級生で友人。 茂の事が気になるらしい。 新渡戸 稲造
真紀子の彼氏 あっかるい男
ガッツ石松氏 輪島功一氏 林家こぶ平氏(9代目林家正蔵)

(1)茂とガッツ石松

 

「Hey,エイサク!」

楽屋の廊下の角でケネディが小声でカモンカモン言っている。
便所から出てきた俺はジッパーを上げながら訝しげに奴を見た。

「何」

guts!

「は……がっつ?」

ケネディは蒼い目を細めて顎でそっちを見ろと促した。
気乗りはしなかったが、仕方なく視線の先を追ってみると。

「お…」

思わず声が漏れた。
推定180cmはあるでかい女が茂の前に立ちはだかっている。象のごとき立派な素足にジャージのミニスカ、オレンジ色のリボンがやけに眩しい。

「……だな。確かに」
そこにいたのは、女子高生のガッツ石松だった。
対して茂の方はギターを抱えたまま相変わらずのクールと言うか、例のなんも考えていない顔で、ボーッと女の話を聞いている。

「あの、今度、いッいいいいッッッ」

ガッツのこぶしが震えた。
顔は今にも蒸気が耳から吹き出してくるんじゃないかって位真っ赤だ。

「いっ、一緒にご飯食べましょうッッぁーッ!」

それだけ絶叫すると、女はハーハー鼻と口から盛大に空気を吹き出させ頑丈な両の膝に手を当てた。
その一言に全エネルギーを使い果たした…そんな感じ。そして、肩を大きく上下させながら顔の奥に埋もれたつぶらな瞳で茂をおずおずと見上げる。

“ごめんなさい”に決まってるだろう。

大体茂とガッツじゃ美女と野獣だ。赤んぼ少女タマミと葉子(←妹/by梅図かずお)だ。
18才なのに例えが古臭いのはさておいて、当の茂の返事は俺の予想の範疇を軽く超えていた。

「よろしく」

え…っ?」(←裏声)

「じゃ、明日な」

そう言い、茂は軽く手を上げて楽屋方向に一歩踏み出した。
耳から脳まで達する時間1秒おいて、直後、
「きゃぁあぁぁぁぁ!ホントに!?ホントに!?」
アンプを通したのかと思う程マキシマムな絶叫が廊下に響き渡った。

「嬉しぃッッッ

あッッッ危ねェッ、茂!!!

そう思った瞬間、オレンジのリボンをなびかせたポニーテールの
ガッツ石松が、叫びながら茂に抱き着いた…というより、タックルか。

「、ぐッ…ぉ…ッ!」

公美子、幸せーッッッ!!!!

咄嗟にギターを庇った為、”バンザイ”というこれ以上ない無防備な格好になってしまった茂は、ガッツの果てしなくボディプレスに近いハグを真正面から受けてしまった。
一瞬目が中央に寄ったのでかなりの衝撃だったらしい。
しかも今、メキッて音がしたような…。

「あっ、ヤダッ、アタシったらぁ!」

我に返ったのか、軽くよろめいている茂からガッツは恥ずかしそう
にパッと離れ、50cm横にドカッと着地。
そしてクネッとなる。

「じゃあ、また明日ッ、失礼しま~す☆」

「あ…、メシは…?」

「それは明日でぇす!今日はもう遅いから、ちょっと寿司つまんで帰りま~す☆じゃっ」

可愛らしくブンッッと風を唸らせ頭を下げると、今度はポニーテールのしっぽが茂の顔面を直撃した。

か、可哀想だ……茂……

ガッ、ガッとピンヒールでコンクリートを削りながら立ち去る彼女を、茂はふらつきながら見送っている。

「……ノォ~ゥ……ひ~っひっひひゃ」

腹を抱えたケネディのバカは、廊下の隅にひっくり返って痙攣している。
ようやく楽屋から出てきた毅と敬が異様な有様に気付いて、足をとめた。
敬は呼吸困難を起こしている阿呆外人を一瞥して足げにする。

「なんなんだ、こりゃ」

「栄作。一体どうしたんだよ?」

毅はズリ落ちたメガネを2本の指で上げながら、敬にグリグリ踏ん付けられているケネディと栄作の顔を、交互に見比べた。なにやらライブの疲れが一気に襲ってきた。説明する気にもならない。

「俺…帰るわ。こいつ何とかしたって」

「なんとかって…俺達、これか」
途中まで言いかけた毅をグイと引き寄せ、激しく目を据わらせた敬が俺の胸ぐらを掴み上げた。

「この野郎、栄作。俺らのキチョーな時間をぶっつぶす気かよ」

「まだ、足りねぇってか!?」

俺も力任せにバッとその腕を打ち払う。

大体さっきまでヤッてたんだろうが!!!
チューニング最中にいきなりイチャイチャし始めやがって…
いたたまれなくなった俺は片づけも早々に出てきてやったのだ。
そんなもん帰ってからやれ!
なのに、このクソ野郎は!!!!

「おーおー、全然足りないねぇ。なあ、ツ・ヨ・シ

敬のバカタレはこれ見よがしにドラマーと言うよりエンジニアみたいな顔の毅に流し目を送った。
毅の奴は困った奴だと言わんばかりに微笑んでいる。
なんでだ?と、思う。
こんないい奴が、どうしてこの瞬間湯沸かし器みたいなクソ男なんかを好きなのだろう。

世の中、間違っている。

「大体おめーはチャラチャラしすぎてんだよ」

突然敬が叫んだ。こいつはいつも脈絡なく怒り出すから訳わかんねェ。
しかも、言ってる内容も意味わかんねェ。
俺も負けじと言い返す。
「てめェが人の事言えるタマかよ!足臭ぇんだよ!」

「あっ、足はカンッケーねえだろうが!てめえこそいきなり叫ぶな!」

「何をだッ!?」

「な~にが『カニ取りにロシア行ってくる!』だよ?
ぶわ~っはっはっはっはっはっはっはっはっはっはっはっはっはっはっははっはっはっはっはっはっはっは(以下30行略)」

「なっっ、、、!!!」

ヤな奴だ!とことん、とことん嫌な奴だ!
昨日、練習の合間睡魔に襲われた俺は、夢の中で何故か茂にカニ鍋をご馳走していたのだ。ダシが取れた所でさあ、カニ!と思ったら無い。
どうしようもないので、俺はそう叫んでオホーツク海一周タラバの旅に出たのだ。
しかし、まさか、本当に叫んでいたとは———十画耳偏『恥』
の文字が脳裏を駆け抜ける。

「カニ、カニ、カニ、カニ!!」

「納豆!なっと!なっと!」
(※足の臭いから来ているらしい)

毅は小学生以下の低レベルな言い争いに首を突っ込む気はないらしく、ふーと溜息をついて壁に凭れ腕を組んだ。

「…栄作…帰ろうぜ」

背後から弱々しい声がして、地雷の踏み合いをしていた俺達は一斉に振り返った。
あばらを押さえ、満身創痍と言った風情の茂を俺は慌てて支える。

「大丈夫かよ?」

「ん…」

あっ…茂の匂い…

「スケベやろー」

敬のバカがジーンズのポケットに手を突っ込んだままニヤニヤ笑っている。

「なんだとォ!?」

「ああ、敬。なあ、俺達も帰ろう」

見兼ねた毅が割って入ってくれた。

「おー。そうだな、じゃあな、タラバ!」

「あばよ、あぶら足」

俺に掴み掛かる敬を、毅が後ろから羽交い締めにする。

「もうよせって~~~~!!!!」

大騒ぎの中、後ろで茂がぶっ倒れたのと、ケネディがそのまま眠りこけていた事に、俺達は全く気がつかなかった。

 

(2)ゴン太

申し遅れたが、俺の名は佐藤 栄作。
アマチュアバンド”sexual apathy”のヴォーカルをやってる。
(※sexual apathyとはズバリ不感症の事です。)
自分じゃ何とも思わないが「格好いい」とか「ゲロマブ」とか「イカス」とか、ごく少数だが「綺麗」「犯らせろ」まで言われる事もあるから、まあ、見てくれだけは良いと言う事だ。

ギター担当は吉田 茂。滅茶苦茶かっこいい奴で、親友だ。
こいつに関しては後から詳しく述べる。
それと笑い上戸のジョン・F・ケネディはベース。アメリカ帰りのハーフで、男も女も大好きな両刀使いだ。
ドラムス担当の犬養 毅は一番の年長(23歳)でリーダー、面倒見が良く、懐も深い。線は細いが頼れる兄貴タイプ。
ついでにシンセ担当が原 敬。こいつはやーな、やーな、やーな奴でひたすら俺様と言うか、暴君だ。
こいつに比べたらタイラント(バイオハザード)やヒューマンガス(マッドマックス2)やクロコダイル(ワン・ピース)の方がまだ可愛い。大体こいつは…………こいつの悪口を言わせたら止まりそうにないのでこの辺で止めておく。

とにかく俺はこいつが大嫌いだ。
しかも何故か毅とデキていて、リバシーな関係らしい。

………もう止めるんだった。くそっ!

こんな面子だが、バンド事体も割と人気があって、小さいがファンクラブまであったりする。
今日のライブも狭いとはいえ、満員だった。
黄色い声と野太い声が渾然一体となって俺達を高ぶらせる。最高だ。
生きてる事、存在している事を実感する瞬間だ。

「栄作、着いたぞ」

心地良い揺れに落ちかけていた目蓋をこじ開ける。

電車の中。

『次はしゅうて~ん…しゅうて~ん……』

間延びしたアナウンスが流れる。
目を上げると、黒縁の丸いダテ眼鏡を掛けた茂がつり革の鉄棒に掴まり、ギターと荷物を抱えてつっ立っていた。
190近い長身から見下ろす視線は柔らかで、ゾクゾクするような艶っぽさだ。
切れ長の二重瞼、スラリとした鼻梁、形のいい唇、少し痩けた頬、長くしなやかな手足、筋肉の付き具合、何処をとっても完璧なんだが、こいつはどうも鈍い。ちょっと天然入ってるし。
他人にキョーミないっつーか‥‥何かにつけてジミヘンやギターの話になるから、それしか頭にないんだろう。

ギターバカ。そこがたまらねぇ。

「ああ……そうだ…さっきの女、誰?」

「妹の同級生」

「へー……で、明日デートか」

「まあな」

「ふぅん…」

ガッツとデート。

辺りを見渡すと、すっかり陽が落ち民家に灯りがポツポツと灯り出した。

「なあ、夕飯どうする」

「何食いたいの」

「鶏モモ」

「”ゴン太”か」

「うん」

電車を降りそこから歩いて5分程の所に『ゴン太』はある。

鶏モモの焼いたのとおにぎりのセットしか無い店で、俺的にはすげえ不味いと思うんだが、茂が気に入ってるから仕方が無い。
我慢して来てやってる。

愛想ばかりいいオヤジが出てきておにぎりの具を聞いてきた。

「俺、シャケ」

「焼きたらこ」

水を配り、注文を控えたオヤジはまた奥に入っていった。
簡素な作りの店内に、相変わらず客はいない。
プロ野球の中継音だけが店内に響いている。

タン・タン・タン

茂が足でリズムを取りだした。
いつも頭の中に音楽が流れてるらしい。空の右手がピックを動かし始める。意識の高い所で得意の32ビートを打ち鳴らしているんだろう。焦点が合ってない。

ぼんやりとテレビ中継に目をやる。
ゴジラ松井が打席に立っている。カウントは2-2、ピッチャーは薮だ。

スカーン!

お?

オヤジも暖簾の陰から顔を出した。
『大きい大きい大きい入ったぁぁァァ
ファル~~(フェードアウト)

……日テレだな。
オヤジはホッとしたような顔をして調理場に戻った。
阪神ファンか。

しかし。

茂はガッツに本気なんだろうか?
それとも、妹の顔を立てて会ってやるだけなんだろうか。
※中継は阪神巨人戦。松井がまだ日本にいるという(笑)。次回、ガッツと茂、いよいよデートに突入。

 

(3)デート追跡

「まだか」

「yeah……」

建物の裏手、廊下の突き当たりの窓から外の様子を伺う。
今日もライブハウスで2度のステージをこなした。
アンコールも合わせて全部で13曲。熱気のせいもあってか今日は3人ほど失神者が出たらしいが、まあ、こんなもんだろう。
で、ヘトヘトに疲れてるってのに今何をしてるかと言えば、張り込みだったりする。

「エイサク、Look!」

「来たか」

反射的に身を屈める。
そうっと窓から目だけを出して周囲を見渡すと、ライブハウスの裏口に突っ立っていた茂に、でかいスキップが近付いて来た。
“ガッツ”だ。

いや…化粧をしてきたんだな。今日はガッツと言うより、輪島功一に似ている。

「何だ、あのデブリガ-

後ろから嫌な声がして俺は一瞬固まった。
敬と毅だった。

「シッ、黙れ」

「へー、ノゾキかよ」

からかい混じりの声が俺の神経を逆撫でする。

「止せよ、敬」

毅が阿呆を制してくれた。

「…しかし、茂がああいうの趣味だったとはな」

毅は小さく首を振りながら、意外だなあと肩を並べ去って行く二人の背を眺めている。
敬は顎に指を当て、神妙な顔で呟いた。

デブリガーって言うより、デブリゲストだな」

 

輪島だよ。

じゃねえ、変な比較級や最上級を使うな。
そうこうしてる内に、二人が角を曲がった。俺達はバッと立ち上
がる。

「茂が襲われねえように見張ってんだよ、行くぜジョン!」

「yes sir!」

「毅、後の事宜しくなッッ」

「宜しくやってるから心配すんな」

敬、てめえに言ったんじゃねえ!それに意味が違ってるとか言い返してる暇はねえ。
俺とケネディはつま先走りの猛ダッシュで二人の後を追った。

二人は角を曲がって10メートル程先にあるファミレスに入った。勿論続いて俺達も侵入する。
店はそこそこの入りで、ラッキーな事に茂達のテーブルの後ろが空いていた。
ケネディはヅラ(アフロ)を被ってグラサンを掛け、俺は野球帽を深く被り気付かれないように二人の真後ろに背を向けて座った。

「御注文は?」

「コーヒー2つ」

とっとと注文を済ませ、向い側の窓ガラスで後ろの様子を伺う。
ガッツ改め、輪島はしばらくモジモジしていたが、3分程して漸く口を開いた。

「……あの、素敵なお店ですね

「初めて来た」

「あっ、私もです」

二人は脇に立て掛けてあったメニューシートを取って開いた。

「わあ~色々あって悩んじゃう」

「…焼肉定食…生姜焼き定食…とんかつ定食…チキンカツ定食…」

「どれにしようかな♪」

「和風牛ヒレステーキ定食…ローストチキン…酢豚…モツ煮込み…」

「あーんっ、どっちにしよ、悩んじゃいますよねッ」

「ビーフストロガノフ…タンシチュー…豚足…焼き鳥(ネギ間)…」

初々しいんだか間抜けなんだかわからない会話が続く。ほどなくしてウェイトレスのお姉ちゃんがやってきた。

「御注文は?」

「あっ、私は石焼きビビンバで」

「俺は唐揚げ定食」

「以上で宜しいでしょうか」

うん」「ハイ

茂は妥当な所だろう。肉以外食ってる所なんて見た事ないし。
輪島功一はビビンバか……ビビン、ビビンバ-♪ファイヤゥ!
ベリナイスフレーズが浮かんできた。こいつはロックよりもロカビリーの方がいいかもな。
茂の32ビートでシャウトだぜ!

俺があさっての事を考えていると、輪島がまた口を開いた。

「えっと…、そのぅ……茂さんの好きなタイプは?」

「メジロマックイーン」(即答)

「え?」(地声)

馬、だ。

茂は競馬が死ぬ程好きなんだ。
ピンクのカチューシャの輪島功一は相当動揺したらしく、今運ばれて来た水をウエイトレスの盆から直接取って一気にあおった。

「そ、それじゃ、今までで一番恥ずかしかった事は?」

何を質問してるんだ?
何でそんな事を聞くんだろう。頭のおかしい女なんだろうか。

茂は組んだ手に顎を乗せてうーん…と唸り、あっと小さな声を上げてこう言った。

「シーマンと話してて『外まで聞こえてますよ』って管理人さんに言われた事……かな」

輪島の下顎がカコーンと落ちた。
閉じるのも忘れて聞き返す。

「シーマン…すか?」
「うん」

ミニマムサイズのつぶれたつぶらな瞳に「この人、もしかして変人なんじゃ…」という疑念の色が見え隠れする。
漫画だったら背景にグネグネカケアミ、ガッツ中心で宜しくだ(謎)。
ぽたっ、ぽたっ、ぽたっ……

何の音だ?

横を見ると手で押さえたケネディの口元からコーヒーがこぼれている。

「うぅッッッ…ぐぐぐ」

ケネディの笑い袋が臨界点を超えてしまったらしい。持っていたカップがグラグラ揺れ出した。
うへぇ俺の膝にこぼすな!
それよりもこんな所でメルトダウンを引き起こされちゃあ、今までの苦労が水の泡だ。
俺は奴からカップを取り上げ、極力小声で耳元に叫んだ。

『こらえろ!』

『ゥ…ゥゥ…ッッッ』

『便所に行け!』

ケネディは口を押さえ腹筋を引きつらせながら、店の奥のトイレへと駆け込んだ。
一瞬茂がトイレの方を見たが、すぐに輪島に視線を戻した。

セーフだった………

だいぶ有線にかき消されてはいるが、よ~く耳をすますと外人特有の「WA-HA-HA-HAHA-HA-HA-HA-HA-HA!」って笑い声が聞こえる。

まあ……気付かれはしないだろう。

「で、真紀子の様子はどう?」

茂が突然切り出した。
真紀子?真紀子って誰だ?

「あ、ええ、勿論元気です」

「ふーん……まだ帰らないって?」

「帰りづらいみたいで」

「……そっか」

茂は小さく溜息をつくと、視線を窓の外に移した。
その目は久遠の宇宙に思いを馳せているようで、俺の脳裏には何故か宇宙遊泳する敬と毅の姿が浮かんでいた。

「でも、真紀子には私が云ったって事は秘密にして下さい」

「え?ああ…そうだな」

会話が途切れる。
デートって感じじゃない。

「でも、茂さんと私だけの秘密ってなんか嬉しい…v」

「あぁ」

「あ、私、今ダイエット中なんですけどォ」

「ん?」

「真紀子に叱られるからビビンバ食べた事も秘密にしておいて下さい☆」

「うん」
茂は素直に頷いた。

輪島は”ヒミツ”が余程嬉しかったのか、先ほどのシーマンショックから完全に抜け出したようだった。
輝くような功一スマイルで、モジモジしながら尋ねる。

「あの……茂さんの秘密聞いていいですか?」

「昔、馬とやった事がある」(即答)

ひョッ!?

それを言ってはいけない、と俺は思う。
例え冗談でもな。
輪島の声がひっくり返っちまったじゃねえか。

「お待たせ致しました~」

ようやくウェイトレスが料理を運んできた。
パンッと目の前で手を合わせた輪島は、まだジュージュー言ってる石焼きビビンバにスプーンを突っ込むと、あれよあれよと言う間に食ってしまった。完食

バッと立ち上がる。

「ご馳走様でした!」

「ああ」

怒っている。

夢壊しやがって!そんな目で輪島は茂を睨み付けている。
アッパーの2・3発炸裂するかと思ったが、輪島はそのまま黙って店を出ていった。
茂の方は、何ごとも無かったかのように唐揚げを頬張っている。

なんなんだ。

茂が店を出てから、俺はいつまで経っても戻ってこないケネディを便所に呼びに行った。
奴はヅラとグラサンを外し、洗面台に腰掛けてこちらを見ていた。

「カエッタ?」

少し天パの掛かった金色の髪をかきあげている。

「何だ、大丈夫だったら戻って来いよ」

「エイサク」

「ん?」

ケネディは俺の手を引き、抱き寄せた。やらしい手付きで俺の腰を撫で回し、そして3cmの距離で碧い目を細め、俺の耳に向かって囁いた。

「モウ、シゲル、アキラメタラ?」

「やだね」

煥発入れずに答えた。

俺は巳年男だ、しつこいんだ。

「ヤサシクスルヨ?」

ケネディは視線で俺の唇を舐め回している。

「いい。間に合ってる」

フン…と小さく息を付き、
「ザンネン」
そう言って、ケネディは肩を竦めて苦笑いを浮かべた。

席に戻った俺達は、今度はゆっくりと向い合せに座った。
すっかり冷めたコーヒーを啜る。
「腹減ったな」
「オーダースル?」
そうだな、とメニューを広げた所でケネディが尋ねて来た。
「エイサク、シゲルニアタックシテル?」
真剣な顔だ。
真面目に答えない訳にはいかないだろう。
「まあ…な。してる。してるつもりだけど……とんと気付いちゃくれねぇ」
ライブでキスせんばかりに抱き寄せても、部屋で抱きついてもじっと見つめても「ニッ」と笑われて、おしまいだ。

「オーライ、エイサク、SUKIYAKI!」
「♪上を~向~いて~か?」
「ノーノー、エイサクガSUKIYAKI作ル。シゲル、肉スキ

言われなくても知ってる。

「で?」

「コレ入レル」

差し出したのはなにやら怪しげな小瓶。黒いラベルには赤の古印体ででかく「媚薬」と書いてある。

下品だぜ。

「シゲル、エイサク欲シクナル」

「まじかよ」

薬使うなんて卑怯者のやる事じゃねえのか?
大体無理矢理なんて俺の性に合わねえ。
やってられるかよ。

「恩にきる」

どうした事か、俺の手はありがたくその瓶を握りしめていた。

※みんな、素直です。

(4)天国と地獄

翌日の夜、ケネディのお膳立てもあり、俺はめでたく(?)栄作にスキヤキをご馳走する運びとあいなった。
茂の喜びようときたら半端なもんじゃ無く、しっぽがついていたら千切れてどこかに飛んでいたように思う。
俺は、5時からバイトがあった茂に、買い忘れていた白菜をバイト先のスーパーで買ってきてくれるようにだけ頼んで、先に帰宅した。

午後7時。

「よっしゃあっっ!」

ばっちり気合いを入れた俺は、包丁片手に台所に立った。
まず豚バラ肉(狂牛病対策)を2つに切り、他の野菜も適当な大きさに切り刻んだ。
鉄鍋を火に掛け、茂の大大大大好きな肉をこんがりと焼き、『エボラすきやきのタレ(怖)』をガ-ッと流し入れ、ネギ、しらたき、焼き豆腐、エノキ、その他を彩りよく並べて行く。
グラグラいってる鍋を眺め回していると、ホゥ…と溜息が出た。

我ながら大したもんだ。どこから見ても完璧なスキヤキだぜ。
これに白菜さえ入りゃあばっちりだ。

早く帰ってこ~い、白菜!←この時点の比率(3:5)

7時半過ぎ、5分通り火が通った所で茂が帰ってきた。

「ただいま~」
「おう、早かったな」

長い髪を後ろに束ねている茂はいつにもましてカッコよく、抱きつきたい衝動を抑えるのに苦労した。

「はい、これ」
茂がスーパーの袋を差し出した。

おお!待っていたぜ、白菜!
はく………

袋からゴロンと出てきたのはキャベツだった。

「おつり、382円」
「……あ、……ああ」

チャリ-ン…と、掌に小銭が乗せられる。
茂の顔は至ってマジだ。
敬だったら「スカタンか、てめェ!」で、半殺しなんだが。

無口になった俺は仕方なくキャベツを剥がし、切って、鍋に入れた。
キャベツのスキヤキなんて食った事ないけど、茂と一緒だしな。
必要以上にもこもってるし、絶対旨いに決まっている。

しかし。

鍋の中で踊るキャベツを眺めていたら何だか無性に虚しくなってきた。
肉に関しちゃ部位までわかるくせに、野菜は適当かよー………
フーと溜息をつき、上着のポケットに手を突っ込むと、指先に堅い物にあたった。

………例の媚薬だ。

茂はタマゴタマゴ言いながら取り皿を出している。

『シゲル、エイサク欲シクナル』

これをぺちっと垂らせば……。
停滞しかけていた俺の脳みそがムラムラと活動を始めた。

いきなり俺を押し倒したりしちゃうんだろうか。
荒い息で唇を塞ぎ、服を剥ぎながら全身に舌を這わせ、「好きだ」とか「欲しい」とか云ったりしながら、あれこれしてこうやって俺のアソコに茂のアレを……。

妄想モードに入っていた俺の目の前に、ティッシュボックスが現われた。

「鼻血」

「へ?」

「無理すんなよ」

「サ…サンキュ……」

シュッシュッと2枚引き抜き、根性無しの鼻を押さえた。
だッせぇ…。(号泣)

鼻血が止まり、キャベツがくたっとなった所で、俺達は席に付いた。
「食おう、食おう」
「かんぱ~い」
缶ビールを合わせ、箸を取った。
茂は「うまい、うまい」を連発しながら肉ばかり食っている。
俺は仕方なしに片っ端からキャベツその他野菜系を片付けていった。

所で媚薬って、いつ入れりゃあいいんだ?
俺も一緒に摂取していいのか?

悶々と考えている間に、肉の数は見る見る減って行く。

ヤバい、早くなんとかしなくては。

「茂!」

「ん?」

茂が最後の肉を摘んでいる。

「こっ、これな、肉にかけると旨いんだってよ」
俺は左手に握りしめていた小瓶を開け、茂の肉めがけてぶっかけた。

「ほんとに?」
「おう」
「そうか……あれ?お前肉食った?」
「いや、俺は」
「食えよ」
「え?」

茂は媚薬まみれの肉を俺の卵液に投げてよこした。
「すっげぇ、旨かったぜ」
屈託の無い笑顔が俺を襲う。

「どうした?」
「いっ、いや、何でもねぇ。それよりお前、まだ足りないだろ」
「いや、悪いし」
「悪くねえよ。ホラ」
俺が肉を戻すと、
「結構腹一杯になっちまったから」
そういって、また肉を戻してよこした。

全身の毛穴から冷や汗が吹き出している。

どうしよう。

どうしよう。

どうしよう。

皿の中の肉をつまむ。
良く煮えた肉から茶ばんだ卵液がだれ~んと流れ落ちた。
茂はビール片手に期待に満ちた目で俺の箸の先をジーッッと見つめている。

ここで食わないと絶対変に思われちまう。
緊張の余り、箸が震えた。
押さえろ、俺!

「く、食っちゃうぞ」

「うん」

「欲しいってったってもう無いからな!」

「いらねえもん」

万事休スだ(T▽T)。

えーい、食っちまえ!エロ薬になんか負けないぜ!

俺は覚悟を決め、肉を口の中へ放り込んだ。

**********************************************************

雀の声で目が覚めた。

朝だ。

薬の効能にあっさりと負けた俺は、あろう事か茂を襲い、バージンを与える所か奪ってしまうという暴挙に出た…らしい。
らしいと云うのは、まるで記憶が無いからだ。
俺の尻には何の異常も無く、ただひたすらスッキリしている。
起きた時には既に茂の姿は無く、素っ裸の俺の体には毛布がかけられていた。
カーテンの隙間から差し込む朝日が、悲しいほど眩しい。

嫌われた。

「失恋」の2文字が頭の中を旋回する。

だって、そうだろう。愛し合った二人は抱き合ってとはいかなくても共に朝を迎えるものだ。

こんな虚しい朝なんて、あり得ない。

「茂……」

しばらくシーツにのの字を書いていたが、今更どうなる訳でも無い。
俺は仕方なくのっそりと起き上がった。

下着を身に付けた所で、テーブルの上に、茂が飲んでいったらしきリンゴジュースのパックとコピー用紙(B5)が置かれている事に気付いた。
何も書かれていないその用紙を取って眺める。
何故か少し波打ち、所々黄ばんでいる。

「もしかして」

まさかと思ったが、俺はガスに火を付け、その用紙をかざしてみた。
徐々に茶色の文字が浮かび上がって来る。

『ゴン太の前に12時』

「茂……」

あぶり出しかよッッッ

頭上で突然ラッパが鳴り響いた。
俺の意識は大気圏外まで飛び、日本全国ありとあらゆる盆踊りを踊るほど舞い上がった。
だが、下着姿で”チャンチキおけさ”を踊り狂う俺はどう考えても変質者だったので、直ぐに止めた。

しかし。

なぁ~んだ、照れ隠しかよッ。
俺はホッと胸をなで下ろし、居間の掛け時計を見上げた。

うぉおぉおぉぉ!!!
11時50分過ぎてんじゃねーか!

部屋の隅に脱ぎ散らかしていたジーンズを慌てて履いていると、突然電話が鳴った。
こけそうになりながらも受話器を取る。

「もしもしッ」
『私、吉田 真紀子です』
「は?」
『吉田 茂の妹です。あの……兄、お願いします』
「今はいないけど」
『じゃあ、言づてお願いできます』
「ああ」
『明日には家に戻るって伝えて下さい』
「それだけ言えばわかるんだよな」
『はい。じゃあ、失礼します』

電話が切れた。

つー事は。

ガッツとの会話や今の電話内容を総合して考えると、茂の妹はプチ家出かなんかやってたって事か。で、今は友人のガッツの家にいる……と。

…それで合点がいった。

「ガッテンじゃねえ」

俺は慌ててジーンズを履き、上着を引っ掛けて家を飛び出すと、ゴン太目指して一目散に走りだした。

12時ジャスト。
日曜の駅前は通行量も多く結構な人ごみだったが、茂の姿は無い。
店内も覗いたが、やはり、いない。

どうしたんだろう。時間にだけは正確な奴なのに。
それとも………。

嫌な考えが頭を擡げる。

本当は滅茶苦茶怒っていて、わざと遅刻してきた挙げ句に「夕べは最低だった」とか、「もうお前とはやれない。脱退する」とか言う気だったらどうしよう。
おまけに「俺の人生滅茶苦茶にしやがって」とか「早く孫の顔が見たいって両親がいつも」とか云われて、責任取って1億円払えとか言われたらどうしたらいいんだろう。

いや、それとも……

考えが進むにつれ、俺の思考は手が付けられない程に大飛躍を始めた。

男なしにはいられないカラダになっちゃって、夜な夜な男を漁りに街を彷徨うようになって、そ んでイカれたオヤジか何かに散々な目にあわされた挙げ句、蛇頭か何かに売っぱらわれ、外国に飛ばされたりして。しかもそこから変態のマハラジャとかに見初 められて、インドあたりに連れて行かれるんだ。
そんで男ハーレムの筆頭に据えられた茂はマハラジャの寵愛を一身に受けた為に2号以下に妬まれて、靴にカミソリ入れられたり、座りかけた椅子に画鋲置かれたりするんだ……

ああ…茂……
勝手にシミュレーションした茂の行く末を案じていると、突然前方から女性の声がして、俺は思わず変な声を上げてしまった。

ファイ?
「あなたの幸せを、お祈りさせて下さい」
「え…」

50才くらいの見知らぬおばさんが俺の前に立っている。

「お、俺っ!?」
「悩みを抱えている御様子。さあ、一緒に祈りましょう」
「いや、俺は」(逃げ腰)
「目を閉じて下さい」
「え、あ」

優しいが妙に押しの強い言葉に抵抗できず、俺はいわれるままに目を
閉じた。

「手を合わせて下さい」

何だか素直になってしまった俺は大人しく手を組む。

「主よ…ここに悩める小羊がいます……」
俺の思いをよそに、体が勝手に神頼みの体勢を取ってしまう。
失恋の痛手で俺の精神はすっかり弱りきっていたのかも知れない。
でなけりゃ説明がつかない。
しかも最後には何故か声を合わせて「†アーメン†」とまで云ってしまった。

後から時計を見て分かった事だが、結局俺は人混みのど真ん中で20分も祈らされていたらしい。
拷問か公開処刑に近いような。
クスクス笑っている通行人もいたが、茂を失う悲しみに比べれば、なんて事なかった。

「あなたにカミの祝福があらん事を」
おばさんは最後にそう言うと、聖母のような笑みを浮かべ丁寧に礼をして去って行った。

ありがとう、お祈りおばさん。

茂……ごめん……

「栄作」

背後から声がした。
茂だった。

「…ああ…、俺……」
「いつ終わるかと思って、待ってた」
「え?」

「邪魔かと思って」

見てたんかい!?

心のツッコミをよそに、茂は骨抜きになるような笑顔を浮かべ、俺の肩をポンポンと叩いた。

「皆でメシ食おうぜ」
「お、おう。——何ッ、みんなッ!?

慌てて振り返る。
よく見ると電柱の陰に腹を抱えたケネディが倒れてる。その後ろには……

「祈って、祈ってやがった〜〜!!!」

駅ビルの壁をバンバン叩きながら大笑いしている。

「敬ィイィッ!!!」

「ギャ〜ッハッハッハッハッハッハッハッハッハッハ ハッハッハッハッハッハッハッハッ(以下100行略)」

「あはは、栄作。お前って人がいいんだな」
毅まで笑ってる。しかも、泣いてる。

……何て薄情なヤツらだ。助けてくれりゃあいいものを‥‥
友達甲斐の無いヤツらに俺は心底がっかりした。
溜息混じりに茂に尋ねる。

「……で、何食うの」

「鶏モモ」

やっぱり……な。

でも、茂は変わっていない。
良かったと喜んでもいいんだろうか。

「栄作」
「ん?」

茂が突然俺をグイッと抱き寄せた。驚く程ピタリと体を密着させる。
その時、茂の体から家にある石鹸の香りがして、俺はガラにも無くときめいた。

「な…何すんだよ(嬉しげ)」

茂はセクシーな目で俺を捕らえ、そっと耳元で囁いた。

「社会の窓 全開」

「!!!!???」

そうか……今日やけに視線を感じたのはチャックの上げ忘れだったか……。
自分がかっこいい所為だと勘違いしていた俺は、なんてめでたい奴なんだ。

すっかり地獄の三丁目付近を漂っていた俺に極上の笑みをみせた茂は、そのまま俺の股間に手を伸ばし、ジッパーを引き上げて囁いた。

「他のヤツに見せんなよ」
「え?」
「俺のだし」(にやり)
「し…っっ、しげっ……」(涙目)

頭上で再度ラッパが鳴った。
ああ、神様。やっぱり日頃の行いがいいからっスね!
俺は胸に手を当て、さっき仲良くなったばかりの神様に感謝し、青く晴れ渡る空を仰いだ。

……とはいかなかった。

さっきまで出ていた筈のおてんと様は俺のホモ加減に機嫌を損ねたのか、急にブ厚い雲の陰に姿を隠してしまった。
まあ、いい。どうせホモなんて最初からイバラ道だ。
見ると、毅が抱えているケネディはサムズアップをしたまま寝てしまっているようだ。

爆睡してんのに祝福してくれてんだな……いいヤツだぜJ.F.K!(ぐしっ)

全て丸く納まった(ような気がする)。この際自分の事は棚に上げさせて貰うが、な奴らばっかだけど、俺、結構幸せ者かも知れない。
ただ、敬の拡声器通したみたいなギャハハ笑いだけは、いつまでも、いつまでも、いつまでも(怒)

駅前通りに響いていた。

 

【完】
くだらないの読ませちゃってごめんね。|ω・`)

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