幸せな結末 3
午後5時前
リビング
大きな窓の外はかなり激しい雨
キッチンでRが料理を盛り付けている
SE 玄関のドアを大きな音で開ける音
H 「ただいま!」
R 「おかえり。雨、大丈夫だったか」
H 「降ってきた、降ってきた。ちょうど、駅に着いたところで降り始めた」
R、トングと皿を置いて玄関を覗きに来る
洗面所を指差すR
R 「タオル。ちゃんと体拭けよ」
H 「わーってるって」
1メートルはある長い箱を持っているH、長い箱をRに手渡す
R 「長っ。こんな長いケーキ、乗る皿、ないぞ」
H 「箱の中にテーブルセンターみたいに長いペーパーナプキンが入ってるんだって」
R 「へえ」
R、長い箱を慎重に持って、キッチンへ戻る
R 「(洗面所に聞こえるよう大き目の声で)これ、太市が予約しておいたって?」
H、洗面所へ入って、濡れた上着とシャツを脱いでタオルで頭を拭きながら出てくる
H 「そう。めちゃ、わかりにくいところに店があったけど、イートイン、2時間待ちの行列だった」
R 「2時間。すごいな。みんな、これ食べるの」
H 「これの四分の一バージョンってのがあるんだって」
R 「それでも1人前にはでかいな」
H、くしゃみ
R 「着替えてこいよ、っと」
H、上半身、すでに脱いでいるH
H 「うん。着替える(くしゃみ)」
R 「なんか飲む?」
H 「うん。なんでもいいや。あったまるもん欲しいな」
R 「OK」
着替えにいくH
R、マグカップをレンジに入れる
SE レンジのタイマーが切れる音
R、マグカップをレンジから取り出して、ダイニングテーブルの上に置く
H、着替えて戻ってくる
H 「これ? 飲んでいいの?」
R 「うん」
H 「さんきゅ(くしゃみ)」
R 「風邪引いた?」
H 「や。さすがに雨が冷たくなってきたな」
R 「風邪薬飲んでおけば」
H 「いらね」
マグの中のミルクを少しずつ飲む
H 「ごちそーさん。何か手伝う」
R 「んーと。テーブル、セッティングしてもらおうかな」
H 「もう来るか?」
R 「うん。約束、5時だから」
H、料理の皿を手にして、
H 「どっちがいいかな。ダイニング?」
R 「あっちでいいんじゃないの。せっかく買ったこたつなんだから。
この長いケーキだけダイニングテーブルで」
Rが笑ってリビングのこたつを指差す
H 「ちぇ」
こたつの上に料理を並べていく
H 「グラス、どれ使う?」
R 「トリって呑むんだっけ」
H 「呑む呑む。今日、呑めないの、おまえだけだ」
H、小さめのワイングラスを出してテーブルに並べる
H 「トリの誕生日パーティだってのは、トリ、知らないんだろ?」
R 「の筈。太市から『くれぐれも内緒で』って」
H 「うん? じゃあ、おまえ、トリになんて言って誘ったの」
R 「指輪のお礼がしたいから、って。おまえが」
H、「うん?」と考える様子
H 「ちょっと待て。指輪って、なんで。え? トリが言ったのか?」
R 「だって、指輪のショッパーにトリのクレジットカードの支払い明細が入ってた」
H、片手で顔を覆う(あちゃー、といった感じ)
R 「(笑いながら)脇が甘いんだから、おまえは」
H 「言っとくけど、ちゃんとトリには金払ったからな」
R 「あたりまえ」
ダイニングテーブルのほうで、箱を開けて、ペーパーナプキンを取り出すH
H 「わ。これ、箱、どうするんだ? 取り出せないぞ、こんな長いの」
H、テーブルの中央にペーパーナプキンを広げる
R、Hのほうを見ていたが、無言で、皿と箸を置いて、ダイニングテーブルのほうへ近寄ってくる
R 「箱の側面を外せるようになってんじゃないのか」
H 「なるほど」
黙々と箱を解体していくR
H 「どした?」
R 「なにが」
H 「なんか、機嫌が」
R 「べつに」
側面をきれいに外して、ダイニングを離れるR
ちょっとRの後姿を見ている
が、H、キッチンのRのほうへ寄っていって
Rのすぐ背後で
H 「あのケーキ、上の飾りごとに中のスポンジが10種類にわかれてるんだってさ」
R 「へえ」
H 「その焼き方が企業秘密だって」
R 「うん」
H,Rの体に腕を回す
R 「ほら。時間ないから。テーブル、きれいにして」
H 「・・・」
Rを気にしながらも、料理の載った皿を持ってこたつのほうへ運んでいく
何やらぶつぶつ言いながら、ソファに腰を下ろしてこたつテーブルの上を整えるH
R、サラダボウルとサラダ用の木のサーバーを持ってこたつのところへくる
サラダボウルをテーブルに置いて、Hの隣に座る
R、Hの頬にキスをする
H、Rの唇が離れた後の頬に手をやる
H 「なに。どしたんだよ」
R 「・・・ありがとう。指輪」
H 「今頃、なに。・・・あっ」
H、Rの顔を見て
H 「もしかして、金額?」
R 「・・・うん」
H 「安すぎた?」
R 「逆だ、バカ。俺が買ったのより随分いい金額だったからさ」
H 「そうなんだ? ってゆーか、それ、今頃、機嫌悪くすることか?」
R 「思い出したんだよ。トリのクレジット明細の話が出たから」
H、ソファに背を預けてため息
H 「あーもう。オレって、ほんっと、どんくさい」
H、自分の前髪を掻きあげて
H 「ってか、それって、そんな気にすること? 相場っての? わかんなかったし」
R 「そんなの、俺もわかんないけど」
H、Rの左手を持ち上げて(薬指に指輪)
H 「気に入らなかった?」
R 「気に入った」
H 「んじゃ、良しとしてくれ」
H,自分の薬指にキスをして
H 「オレもこれ、気に入ってるし」
R、根負けして少し頬を緩める
ソファに座ったまま、キス
SE エントランスの呼び出し音
H、R 「わっ!」
慌てて離れるふたり
ソファからそれぞれ立ち上がる
R 「あ。ほら、指輪!」
H 「おっと」
ふたり、指輪を外して、ドアフォンの下のサイドテーブルの引き出しの中に納める
H、呼び出しに応じる
ドアフォンから男の声「お邪魔します」
H 「どーぞ」
R、キッチンへ
SE 玄関のドアチャイム
玄関を開けるH
H 「らっしゃい」
太市 「お邪魔します」
ぺこりと太市の後ろで頭を下げるトリ
H、ふたりをリビングへ招き入れる
トリを先に歩かせる太市とH
R 「いらっしゃい」(同時にクラッカーを鳴らす)
トリのうしろから、同じくクラッカーを鳴らす太市とH
R 「誕生日おめでとう」
トリ 「え?」
H 「おめでとう」
きょとんとするトリに、Rから花束
太市を振り返るトリ
太市 「パーティするって言ったら、嫌がるかと思って」
トリ 「呆れた」
H 「まあまあ」
R 「たまにはいいでしょ」
H 「ほれ。ふたりとも、ともかく座れって」
トリから上着を預かるR
トリ 「あ。でも、お手伝いします」
R 「今日は、トリ、主役だから」
トリ 「だましたんですね」
R 「まあ、そういうことになるかな」
R、苦笑する
R 「太市なりに気を遣ったんでしょ。ふたりきりより賑やかなほうが、って」
トリ 「・・・ありがとうございます」
R 「だから、礼は太市に」
ダイニングテーブルの上のロングケーキを見て、あれこれ言っている太市とH
トリ 「気が向いたら、後で言います」
R、笑う
トリ、Rの指を見る
R、それに気づいて、
R 「さっきまでは着けてたんだ。でも、太市が来るから」
トリ 「・・・」
R 「なに?」
トリ 「太市さん、たぶん、わかっているかと」
R 「え?」
トリ 「おふたりのこと」
R、少し考え込む顔
トリ 「あ。確かめたわけではないんですけど。でも」
R 「そうかもね。あいつ、勘はいいから。でも、太市から言ってこない限りは、
俺たちも別に言うつもりないよ」
トリ 「・・・」
R 「そういうもんじゃない? 恋愛関係って。別に、『つきあってます』って
宣言したりしないだろう」
トリ 「そう、ですね」
R 「でも、指輪の買い物のお礼が言いたかったのはホント。俺もあいつも、
おかげさまで、気に入ってる」
トリ 「良かったです」
R 「ほら、座って」
トリ、こたつに入る
R、キッチンのほうへ
途中、ダイニングテーブルのところで、Hの腕をくいと引っ張る
R 「ほら、ふたりともいつまでも騒いでないで」
H 「はいはい、と。じゃ、シャンパン、抜きますか」
H、冷やしていたシャンパンの壜を取り上げて、壜をナプキンで拭く
Hがシャンパングラスを3つ持って行こうとする
R 「なんで3つ?」
H 「おまえ、飲まないっしょ」
R 「シャンパンくらいは」
H 「だめ。最初の最初から酔っ払ったらどうする。睡眠不足なんだし。残しといて、
パーティが済んだら飲んだら?」
R 「そんなの、嫌だ」
太市 「まあまあ。とりあえず、4人分注ぎましょうよ」
H、じゃあ、とグラスを4つとシャンパンの壜をこたつのほうへ持っていく
太市 「何か運びますか」
R 「うん。じゃあ、こっち」
キッチンのほうへ行くふたり
太市 「今日はありがとうございます」
R 「ふたりきりでなくて本当に良かったのか」
太市 「いいんです。彼女もそういうの苦手だし。それより、ここのごはんは美味しいよ、
って話したら、トリ、ものすごく楽しみにしてました」
R 「口に合うといいんだけど。あ、いや、味そのものは保証するよ」
太市 「全部ひとりで?」
R 「あいつがね。俺は、温めたり盛り付けたり。ヤツがケーキ取りに行ってる間に
仕上げだけ。あと、これと」
R、オーブンから鶏を取り出す
太市 「わ。丸ごと」
R 「少し早いけど、今月はサンクスギビングもあるし」
R、欠伸
太市 「もしかして、仕事、忙しかったですか」
R 「うん。ちょっとね。急に入った仕事だったから」
太市 「すみません」
R 「ちょうどあっちがヒマだったし。気にしなくてもいいよ」
太市 「大きなのが終わった後ですもんね。当分は仕事入れないんだ、って言ってましたよ、先輩」
R 「そんなことも言ってたな」
太市 「依嶋さんを構ってやらなきゃ、って」
R、太市の顔を見る
R 「それ、小手調べ?(笑って)」
太市、ぺろっと
太市 「すみません」
R 「さっき、トリに言われたよ。太市は知ってる、って」
太市 「え?」
R 「そっちの大皿、取って」
太市、大皿を手に取る
R 「持っててくれよ」
R、鶏を太市の持つ大皿へ移す
R 「テーブルに置いていいよ」
太市、ダイニングテーブルに大皿を置く
R、大皿にジャガイモなど移していく
太市 「トリとそんな話、したことないですよ、オレ」
R 「うん。トリも、『たぶん』って言ってた」
盛り付けの済んだ大皿を太市に持たせて
R 「聞きたいなら、ちゃんと話すけど」
太市、皿を受けとって、少し考える
太市 「聞きたい、というか、あくまで興味本位ではないんですが」
R 「うん」
太市 「できれば、いつかはちゃんと聞かないとなー、と」
R 「どうして」
太市 「でないと、お祝いできないなあ、とか?」
ふたり、顔を見合わせて笑う
R 「祝ってくれるんだ?」
太市 「そりゃ、もちろん」
R 「なんか照れくさいな」
太市 「そうですか。見てて、アツアツなの、バレバレでしたけど。あいて」
R、太市の頭を小突く
R 「向こう、こたつのほう、たぶん、大皿載らないから、こっちに置こうか」
太市 「ですね」
ダイニングテーブルのケーキの横に大皿を置く太市
R 「まあ、太市にはいろいろなことで助けてもらったから。バレてても当然だとは思っていたけど」
R、冷蔵庫から冷やしてあった飲み物のサーバーを取り出す
R 「他に分かっている人たちって誰かな」
太市 「さあ。田代先輩とか?」
R 「そうなの?」
太市 「ただの当てずっぽうです」
R、食器棚から普通のコップをひとつ
R 「あ。そうなんだ」
太市 「気づいてても言わないでしょう。普通」
R 「うん。俺も、俺なら言わないと思う」
太市 「でも、気になりますか」
R 「あいつのほうがね、気にするんだ」
こたつのほうでトリと話をしているHを見るR
太市 「そうですか? そういうの、奔放、というか、自分は自分、なんじゃ」
R 「自分のことはね。俺のことをめちゃくちゃ気にする。普通の勤め人だから、って」
太市 「ああ。なるほど。先輩らしいや」
太市、Rからジンジャーエールのサーバーを受け取る
太市 「幸せですね。そういう気構えのダンナで」
R 「待て、太市。なんで俺が嫁になる」
太市 「そりゃー」
トリと身振り手振りを交えて喋っているHのほうを見て、
太市 「あっちのほうがガキですから」
太市、片目を瞑る
R、吹き出す。
H、Rたちのほうを見て、やってくる
手に空のシャンパングラスをひとつ持っている。
H 「おい。なんか今、悪口言ってただろ」
R,太市 「言ってない」
H 「うそつけ」
H、太市からジンジャーエールのサーバーを取り上げて、Rのシャンパングラスに注ぎ、
Rに渡す
H 「色、おんなじでいいじゃん。だから今日はこれでガマンしろ」
R、太市と視線を見交わす(「ほらね」みたいな顔)
R 「はいはい。さんきゅ」
ジンジャーエールのグラスを持って、こたつのほうへいくR
H 「何、話してたんだよ」
太市 「別に大したこと話してませんよ。世間話ってやつです」
H 「嘘つけ。オレの悪口言ってたんだろ」
鶏のつけあわせをつまみ食いするH
太市 「言ってませんて。いいダンナさんですねって褒めときました」
H 「なっ・・・!」
太市の頭を押さえ込んで
H 「おまえ、言うに事欠いて、そういう!」
太市 「いたたたた。だって、そろそろいいじゃありませんか。
H 「何がだよ!」
太市 「あ。ほら、トリたち、こっち見てる」
H、太市から手を離す
H,太市、ふたりともに、こたつのほうにいるRとトリに向かって、「なんでもない」というジェスチュア
太市 「顔、真っ赤っかっすよ」
H 「るせっ」
太市 「久々に部屋に呼んでもらえたのは、そういうことかな、って思ったんですケド。違いました?」
H 「あん?」
太市 「しょっちゅう呼び出されては、ここで打ち合わせとかしてたじゃないスか。
なのに、いつからか、ぱたりとここに呼んでもらえなくなったでしょ」
H 「・・・すまん」
太市 「あれ? 素直ですね」
H、しばらく、もぞもぞと 自分の髪を掻き回したり、耳に手をやったり。
H 「覚えがないわけでは、ない、し」
太市 「別に、責めてるワケじゃないですから。ただ、そろそろ、オレらの前くらいじゃ、
肩の力抜いて過ごしてもらっていいんじゃないかな、って思っただけで・・・と。
別に、こんな話、しようと思って今日来たってわけじゃないんだけどな」
H 「オレら、って・・・、他には誰が?」
太市、こたつのほうをちらりと見る
H 「そっか。トリにもバレてたんだっけ」
太市 「え? なんで? なんで、先輩、トリが知ってるって、知ってるんですか」
H 「聞いてないんだ?」
太市 「何を?」
H、「ふーん」という感じでわざと見下してみせて
H 「・・・言わない」
H、ジンジャーエールのサーバーを持ってこたつのほうへ
H 「シャンパン、気が抜けるからいい加減行くぞ」
太市 「えっ? 先輩、ずるい。教えてくださいよ」
H 「やだね」
こたつの輪に加わるH
H 「はいはい。お待たせ。じゃあ、乾杯しよ」
太市 「先輩」
H 「トリ、誕生日おめでとう」
太市 「あっ。ずるい。オレも!」
Rからグラスをもらう太市
乾杯
食事を始める
H 「そーだ。鶏」
トリ 「はい」
H 「あ。違う。えーと、チキンのこと」
トリ 「ああ。ごめんなさい」
R、太市、笑う
H 「チキン、分けてこよっか」
R 「先、ソース、あっためたら?」
H 「ん」
Rが立ち上がろうとするのを制して
H 「いいよ。やるから」
太市 「ソース?」
R 「そう。ほんとはターキーなんだけど、サンクスギビングの丸焼きに掛けるクランベリーソース。甘いからお好みでかけてもらえばいいよ」
太市 「それも先輩が?」
R 「そ。うちのダンナさんは俺より料理上手。な?」
SE 鍋が派手にがしゃんと言う音
H 「太市!」
太市 「なーんで、オレが怒られるんですかっ」
SE キッチンで鍋を掻き回したり、調理器具を乱暴に扱う音
こたつ側、くすくす笑う
トリ、立ち上がって
トリ 「丸ごとの鶏肉、捌くの、初めてなのでちょっと拝見」
キッチンのHのところへ行くトリ
Hがソースを耐熱容器に移しているのを見て、
トリ 「クランベリーってこんな色なんですか? 真っ赤なんじゃ?」
H 「グレープフルーツとか入れてるから」
トリ 「綺麗ですね」
H 「だろ」
H、耐熱容器を電子レンジへ
考え込んでいるトリに
H 「どうした?」
トリ 「いえ。何色と何色を掛け合わせれば、照明{あかり}であの色が出せるかな、って」
H、笑う
H 「職業病」
トリ 「(笑って)はい」
H 「鶏、じゃなかった、チキン、捌くから手伝って」
トリ 「『鶏』でいいです」
鶏肉をトリに捌かせるH
H 「両脚外したら、背中。うん。骨に沿ってナイフ入れて。うまいじゃん」
トリ 「ローストチキン捌くのは初めてですけど、料理はしますよ。一人暮らしですから」
H 「おまえたちって一緒に暮らさないの? あ。中身、そのままでいいよ。次、手羽ね」
SE レンジのタイマーが切れる音
トリ、Hの指示に従って手を動かす
トリ 「まだ、それはいいかな、って」
H 「太市も?」
トリ 「はい。私から言わないと私が動かないの、分かってるんだと思います」
H 「トリなりのタイミング、待ってるんだ?」
トリ 「まあ、そうですね。たぶん」
考え込むトリ
H 「ごめん。悪いこと聞いた?」
トリ 「いえ。そうじゃないです。指輪買うタイミングみたいなものかな、と」
トリが笑って見せる
H 「言うねえ、トリ。それ、外したら、横に置いていいよ」
H、ため息をついて、少し笑う
H 「あのときは、おかげで助かった。ありがとう。トリに会わなかったら買わずに帰ってたと思う」
トリ 「なんか、強引に買わせてしまいましたけど」
H 「それでいいんだ。買いたくて店に行ったんだから。あれだって、あいつから先に
指輪もらってなかったら、なかなか買いに行ってなかったと思う」
トリ 「先にもらってたんですか!」
H 「あ。こら、しっ」
H,口の前に指を立てる
こたつ側のふたり、キッチンのほうを見る
トリ 「なんでだめなんです?」
H 「あいつ、自分が先に渡したってのはフライングだから、って」
トリ 「フライング?」
H、鼻の頭を掻いて
H 「指輪やるって言ったのはオレのが先なんだ。でも、例のごとく、ぐずぐずしている間に、
あいつに出し抜かれたんだよ。だけど、・・・はオレからだ、ってことで合意してるんで」
トリ 「え? 何て?」
H 「だから。・・・(プロポーズ)(小さな小さな声で)」
トリ 「(大きく頷いて)あ・・・あ。そうでした、か」
H 「笑わないんだ?」
トリ 「笑いませんよ。微笑ましいですが(小さく笑う)」
H 「ちぇ」
トリ 「おふたりを拝見してると、そういうのもいいかな、って思えますから」
H 「うん。いいかもよ。・・・太市、いいヤツだよ。保証する」
トリ 「はい。考えます。前向きに」
H、吹き出す
H 「慎重だな」
トリ 「自分に自分で保証ができないんですよ」
H 「ん?」
トリ 「彼と一緒になって、私は幸せにしてもらえるだろう、と思えても、私と一緒になった
彼を幸せにしてあげられるかっていう自信がないんです」
H 「・・・」
しばらくトリの横顔を見ながら
H 「オレ、いっつもあいつに『難しく考えすぎるな』って言われるんだ」
トリ 「え?」
H 「大体、オレがぐずぐずしてて、あいつが上手にオレの尻叩いてオレが動けるように
してくれて、それで、オレがやってることに自信持っていいんだ、って思わせてくれる
んだ。指輪もそうだったけど」
トリ 「そうなんですか」
H 「そう。確かに無鉄砲になんだかんだとがちゃがちゃやってるけど、大体、言い出した
後にあれこれ考えて、なかなか動けなくなる性質だから。あいつから見てると、歯痒い
みたいよ。考え込みすぎてて」
トリ 「意外です。逆かと思ってました」
H 「時々、上手くあしらわれてる気がして、ムッとすることもあるよ。自分より一枚上手
って認めなきゃいけないときにね。でも、実際、そうだから」
トリ 「認めることができるっていうことは、イーブンなわけですね」
H 「どうかな。そうありたいとは思うけど。太市も」
トリ、ナイフを置く
H 「太市も、あいつみたいなとこ、あるよ。たぶん」
トリ、シンクへ行って手を洗う
H、ペーパータオルをトリに差し出す
トリ、ペーパータオルで手を拭う
トリ 「そうですね。私だけがまだ、それを悔しいって思ってしまうせいかもしれません」
H、鶏を捌くのに使ったナイフを摘んでシンクに置く(洗わない)
H 「そこまで分かってるなら、あと一息ってとこか」
トリ 「なんだか嬉しそうですね」
H 「可愛い後輩だからね。あれでも」
こたつのほうから声がかかる
R 「メインディッシュまだかー」
太市 「ローストチキン食べたい~」
H 「トリ。持っていってやって」
トリ、頷いて、大皿を持っていく
H、レンジからソースの器を取り出す
ダイニングテーブルの上のワインの壜とソースの器を持ってこたつのほうへ
太市 「なんかふたりでコソコソ話してたでしょ」
H 「おう。おまえの悪口。あっ。シャンパン、空になってる」
R 「おまえのグラス、こっち残ってるよ」
H 「なら、ま、いっか」
太市 「悪口なんて、嘘です」
H 「なんで?」
H、赤ワインを開け始める
太市 「トリは悪口なんて言う人じゃありません」
H 「太市、そういう思い込みは良くないぞ」
R 「そうそう。こんなやつだと思わなかった、の始まりだ」
R、赤ワイン用のグラスを太市とトリの前に置く
H 「オレのは?」
R 「シャンパン空けてからでいいだろう」
H、苦虫を噛み潰したような顔
R 「『こんな子どもっぽいやつだとは思わなかった』、
『こんな意地っ張りだと思わなかった』、
『こんなルーズなヤツだと思わなかった』」
H 「どこがだよ?」
R 「さっき、チキン切るのに使ったナイフ、洗わずに流しに置いてきただろう」
H、言葉に詰まる(図星)
トリ 「そうです」
R 「ほら。すぐ洗えば、洗い物は溜まらないのに」
H、「はいはい」と言って立ち上がる
R 「あんなに言ったのに、勝手にこたつ買うやつだと思わなかったし」
H 「あ! なんだよ、それ! まだ言うか?」
R 「一生言ってやる」
トリ 「こたつ、ってこれですか」
R 「そう」
太市 「そういや、昔はこたつなんて無かったですよね? ここんち」
R 「こいつがさー、俺の出張中に勝手に買ったんだよ。その前に散々、買う必要なし、
って言ってたのにさー」
H 「おま、そのことはもうとっくに話がついたこと・・・あっ。何飲んでんだよっ?」
R、シャンパングラスを手にしている
H 「それ、オレのシャンパンじゃねーの?」
R 「違うよ。俺のだよ。太市がおかわり注いでくれたもん」
H 「えっ。ちょっ・・・(Rのグラスから一口飲んで)太市! これ、ジンジャー
エールじゃねーぞ」
太市 「だーって、一人だけ飲めないなんて可哀相でしょ」
H 「ばか、そういう問題じゃ」
R 「それでさ、こいつ、俺が怒ったら意地張って口利かなくなっちゃってさ」
太市 「あ。それ、もしかして去年の冬の? なんか、ふたり、しずーかに喧嘩してたこと
ありましたよね?」
トリ 「そうなんですか」
太市 「トリがちょうど、うちの会社に来たころだよ。先輩が舞台の大階段から滑り落ちた
こと、あったろ」
R 「太市、良く覚えてるねー。そうそう。あのとき、1週間近く喧嘩してさ」
H 「やーめーろーって」
太市 「ぶっ。(吹き出して)こたつひとつで1週間も喧嘩できるんですかぁ?」
太市、「ありえねー」と大笑い
R 「そう。買うな、ってあれほど言ったのに、買ったから」
Rがグラスからシャンパンを飲むと、太市がHのグラスからRのグラスにちょっとだけシャンパンを移す
H 「太市! おまえ、何やってんだよ?」
太市 「甘くて美味しいって」
H 「そりゃ、美味いさ。ドンペリだぞ。ってゆーか、炭酸は酔い易いんだってば。
あっ。トリ、おまえまで」
今度はトリがHのグラスのシャンパンをRのグラスに注いでいる
トリ 「あ。つい」
H 「つい、って。つい、ってったって、だめだろ」
トリ 「だって、面白い話が聞けそうで」
H 「だからって飲ませるなって」
トリ 「あ」
H 「え?」
トリ 「寝ちゃったみたいです」
太市 「あ。ほんとだ。睡眠不足だって言ってたから」
トリ 「残念」
H 「残念じゃねーって(ため息)。・・・ま、このほうが大人しくっていいか」
H,ハーフケットを持ってきてRの肩を覆う
太市 「そんな姿勢で寝たら、肩凝りますよ」
H 「いいの。後でマッサージしてやるんだから」
トリ 「・・・新婚さん」
H 「トリ!」
3人で酒盛り
< 了 >