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Keep a secret: my 3rd & 4th night

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Keep a secret: my 3rd 4th night

おせっかいな後輩にも困ったもんだ。
高知出身の大酒呑みだというスポンサーをうまく丸め込んで、太市は、自分だけ河岸を替えてスポンサーとのみに行く約束を早々と取り付け、「姫路さんは演出の直しがあるらしいですから」と追い返す体で別れた。別に自分だけが酒にありつこうとしたわけではないことは分かっている。オレを帰そうとしたんだ。
挙句に「早く帰って依嶋さんへの家庭サービスをどうぞ」と耳打ちしやがって。
昨夜は昨夜で、稽古終わりでみんなでメシを食いに行った田代先輩の店で、とっとと追い返された。「こんなところで稽古の愚痴撒いてるくらいなら、家帰って家主の機嫌取ってやれよ」と。
みんな、いつも、依嶋の味方をしやがる。何かあると分が悪いのはオレだ。
ちっ、と舌打ちしたら、隣で大人しく文庫本を読んでいた女性にムッとされた。しまった、と思い、居づらくなって席を立つ。どうせ次の駅で降りるんだ。
車窓の外は、もう灯りも少ない。終電ではなかったが、そこそこ遅い時間の電車で、目に映っているのは流れる夜中の風景ではなく、昨日、一度目に帰宅したときの情景だ。
朝、ノートPCのアダプタを持って出るのを忘れたせいで、充電が切れそうになって、一旦、仕方なくとりに戻った。スタッフと役者たちには夕食休憩を取らせていたから、食べたくない自分にしてみればちょうどいい時間つぶしにもなったのだが、帰宅するには躊躇があった。目下、依嶋と喧嘩中だからだ。喧嘩、というより。
「オレが悪いんだろ。わぁってるよ、んなこと」
人に聞かれないように、電車のガラス窓に向かって呟く。
部屋が狭くなるから嫌だ、
掃除の邪魔になるから嫌だ、
ダメ人間製造機だぞ。
そんな言葉で反対されたが、依嶋が出張に出ているのをいいことに、こたつを買った。買っちまえば諦めて笑って許してくれるだろう、がオレの持論。もちろん、よくよく考えてみれば、ものすごい自分勝手な論理。しかも、(時々忘れるが)オレはあの部屋の居候なのだ。依嶋の持ち部屋に転がり込んで、居座っているだけの立場でよくもまあ、そういう態度が取れるもんだ、と自分でも思っている。
思っているのだが、依嶋相手だとついつい甘えが出てしまうようで、まるで、好きな子にわざと悪戯をしかけて、自分への反応を確かめたくなるようである。試される側はいい迷惑だ。
「そもそも、買いたかったのは、こたつまわりのクッションだし」
そのクッションを置くためにはこたつが必須だったのだ。いや、必須であるかのように、広告でもセッティングされていたのだが、今となれば、こたつは買わなくとも、クッションだけをコーナーソファの内側に配置して、床でごろごろすればよかっただけかもしれない。もっとも、クッションにしても、埃がたまるだの、なんだのと、綺麗好きの依嶋にとっては邪魔ものにしか映らなかったようだ。いずれにせよ、いまさら何を言っても遅きに失する、だが。
また、依嶋が1週間の出張をしている間に、それをやってしまったのもまずかった。出張から帰ってきた依嶋の機嫌をすっかり損ねてしまったようで、家の中の空気が実に悪い。謝る機会を逃したこちらも、為す術もなく、ついそのまま意地を張っている膠着状態だ。

自宅に帰り着くと、部屋の灯りは点いているわりに、リビングには誰もいなかった。玄関には依嶋の靴があったから帰宅しているはずなので、「寝てるか、風呂かトイレか」と独り言ちて、ベッドを覗くが誰もいない。洗面所のドアが少し開いていたので中を見ると、脱いだ服が行儀良く畳んで脱衣かごにあり、携帯が洗面所のシンクの横に置いてあった。
「依嶋?」
呼びかける声が小さくなるのは、喧嘩中の遠慮のせいだ。
しかし、声が聞こえないのか、中からは返事が返ってこない。浴室へのドアをそっと開けてみた。
と。
「う・わ」
間一髪。湯船で沈みかける依嶋の腕を引っ掴む。
「依嶋。んなとこで寝るなよ」
うん、と夢うつつで何やら返事しようとしているのはわかるが、もちろん、要領を得ない、言葉にもならない返答である。
一言だけ分かったのは、「姫か。おかえり」という言葉。
いつもと変わらない言葉。いつもと変わらない依嶋。
「依嶋、オレ」
ここで一気に謝ってしまえ、とばかりに意気込んで話しかけようとしたら、依嶋がくたっとなった。
「お、おい?」
腕を掴み直して、湯船に沈んでいこうとする依嶋の体を引き寄せる。
「あーあ」
慌てて反対側の手首も掴んで、体を掬い上げると、コートからセーターから、体の前面はすっかり濡れてしまった。
依嶋が何やら文句めいたことを言って、オレの腕から逃れようともがくので、「文句を言うな」と少々乱暴に抱きとめた。ちょっと役得。
「さて、と。失敗したな。バスタオルでも持ってくりゃ良かったか」
もちろん、そんな余裕もなく、沈みかけたところを引っ張り上げたのだから仕方が無い。
片手で依嶋の体が沈まないよう支えながら、肩ベルトのバックルだの、体を抱え上げるのには邪魔な飾りがあれこれ付いているから、なんとかコートだけその場に脱ぎ捨てる。
「よっこらせ」
湯船では浮力のおかげで体を支えるにも楽チンだったが、湯船から引き上げた途端、今度は重力だけでなく、眠りこけて力の抜けた体の重さにちょっとよろける。それでもなんとか抱え上げて、今度は湯船からこの体を出さなくてはならない。
「しゃーねーな」
思い切って、足を片方、湯船に突っ込んでしまい、湯船に腰掛ける。依嶋の体を自分のほうへ凭せ掛けて抱きかかえながら、湯船のへりに腰掛けて、自分の右足で自分の左足の靴下を脱がせ、反対の足もまた同じことを繰り返し、ゆっくりと依嶋の体を担ぎながら湯船からの救出に成功して、肩に担ぐ格好のまま浴室を出た。
ぐにゃぐにゃしないパネルや垂木(*1)のほうが持ちやすいな、などと思いつつ、脱衣かごに置いてあったバスタオルをついでにピックアップして、ともかくも大きな大事な「荷物」をリビングへと連れて行く。適当にバスタオルをソファに広げて、その上に依嶋を寝かしたあとは、もう一枚持ってきたバスタオルでとりあえず体を覆って、部屋のエアコンの温度を上げておいた。
濡れた足で歩いた跡がしっかりカーペットに残っているが、乾けば消えるだろう。とりあえずはジーンズ、セーターと濡れた自分の衣服を脱ぎ、浴室に残してきたコートを拾い、そのついでにバスローブを持ってきて、依嶋に着せると、おかげさまで少しだけ入っていた酒もすっかり醒めてしまった。
「ここまで正体なくして寝てしまわれると、せっかくのマッパでもなんも感じねーな」
というか。
「母親にでもなった気分だ」
できれば、がばっと抱き寄せて頬ずりしたいような愛しさが込み上げる。無防備に眠り込んでいるという事実が嬉しくて。(自分の家なんだから当たり前か)
「ま。やめときますか」
折角気持ちよく寝ているものを起こしたくない。
依嶋が出張から帰ってきた土曜日の夜、眠れないでベッドで寝返りを打っていた依嶋を思い出すと胸が痛い。言いたいことがあるのも、何を言いたいかもわかるだけに、こちらの気が引ける。とか言いつつ、結局のところ我慢することができないのは、堪え性のない情けなさで、前髪を掻きあげて額に手を触れる。
「うー。がまん、がまん。ちゃんと・・・」
ちゃんと謝ってから。
わかっているんだ。謝らないとならないのはオレ。
ずるいのもオレ。
いつものように、依嶋が許してくれるのを待っている。
「・・・と。毛布、毛布。このまま寝かせたら、風邪引かせちまう」
ベッドから毛布を持ってきて
体をしっかり包む。しばらく横で寝顔を見つめているが、くしゃみが出たところで自分も体を温めてくるか、と風呂に入ることにした。
浴室に入ると、風呂蓋の上に台本が置いてあった。
「なんでこんなもん」
Collarboneの本番台本だ。そういえば、昨夜、なんでもいいからと引っ張り出して風呂に持ち込んでたんだっけ。読んでも読んでも頭に入らないけど、ちまちまと書き込みの文字を拾って読んでいくと、依嶋と再会したばかりの頃のことを思い出して、時間が潰せた。寝室に行きづらかったこと、喧嘩していることをあれこれ考えるのに疲れていたこと、そんな理由で湯船で時間を潰した昨夜。そういえば昨夜も、リビングでダイニングテーブルに突っ伏して寝ていた依嶋を抱き上げて寝室へつれていったんだっけ。PCのアダプタをとりに戻った一度目の帰宅で、かろうじて「おやすみ」だけ言って家を後にしたが、後味の悪さといったらない。二人分の夕食が作ってあったのを見てしまったからだ。
息を止めて、目を瞑って、湯に潜る。
限界まで湯の中で堪えて、湯から顔を上げると、何かを洗い流した気になれるかと思ったが、ちっともそんな気にはなれなかった。

@@@

風呂から上がり、頭にバスタオルを引っ被ったまま、ソファに寝かせた依嶋の顔を覗き込む。気持ち良さそうに寝ているのを見て満足しつつ、冷蔵庫へ。
缶ビールにするか、水にするか。迷った挙句に缶ビールを手にする。
アルコールのせいで眠りが浅くても仕方が無い、と自分で言い訳しながら、依嶋の顔が見える位置に座ってプルトップを引いた。
「なんで今頃こんなもん」
風呂場で呟いたのと同じ言葉を口にする。長湯が苦手な依嶋が、いくらオレが放り出していたからといって、こんな古い台本をわざわざ湯船に持ち込んでいたのか。
自分は自分の演出についてのコメントや思いつきを懐かしく思いながら読んでいくことができるが、果たして自分以外の者が見て面白いものだろうか。
そんなことを思いながら、ちびちびビールを飲みつつ、台本の裏表紙の上端をつまんで捲りかけたところに、
『ごめん、依嶋』
と書いてある。
思い切りどきっとした。
ページを開いてみると、続きが見えた。
『今日も
どーしても遅くなりそうだから
家の鍵貸して』
「・・・ぶっ」
思い出した。
Collarboneの稽古で、来る日も来る日も遅い帰宅が続いて、居候の身は肩身が狭かった。帰宅して、マンションのエントランスから部屋を呼び出す。エントランスを開錠してもらったら、今度は部屋の玄関を開けてもらう。眠そうな依嶋が出迎えてくれる。
「毎日、悪いな」と言うと、「毎日同じことを言わせんな」と笑われた。今、プータローなんだから大丈夫、と。
確かに、依嶋はあの頃、アメリカから日本に戻ってきた直後だったから、仕事はしていなかったが、だからと言って、昼間は求職活動もしていたわけだし、言葉通り受け取って夜更かしにつき合わせるのはさすがに気が引けた。
ちょっと外出したついでに、と稽古場に顔を出してくれたとある日に、こちらも堪えかねて、頼み込んだのだった。稽古中だったので、台本に走り書きして。
すると、依嶋の返事は、現物だった。ぴかぴか光る真新しい合鍵を、走り書きの文字の上に差し出されて、「ちょうど今日、作ってきたとこ」と言われたのだった。
「これ、依嶋、見たのかな」
湯船で何を見ていたんだろう。普段、カラスの行水で長居しない湯船の中で、この台本を手にして。
缶ビールを飲み干して、空き缶を片付ける。通りすがりに、依嶋の髪に手を触れる。額を親指でそっと撫ぜるだけで堪えて、髪にそっと唇をつけた。
依嶋の顔が良く見える向かい側で、もそもそとこたつに潜りこみ、風呂に入るときに、こたつの上にはずして置いたジャガー・ルクルトを左手首に戻して、アラームを合わせる。
遅くなるのは今晩までの予定だった。明日は小屋(*2)との打ち合わせだけで、夜の稽古は無い。早く帰ってきて、オレがメシを作ってもいい。それとも打ち合わせのあと、依嶋の事務所まで迎えに行って、何か食って帰ろうや、とでも誘うのもいい。どうせ、依嶋はいつものように残業するんだろうから。
少しだけ、仲直りに向かっての道筋を考えられるようになったのは、ビールの効力か。
「できるだけ早く終わらせような、依嶋」
依嶋の顔をもう一度見てから、大あくびをひとつ。急速な眠気もビールの副作用だな、と呟いてこたつの天板に頬を預けた。

@@@

寝る直前にアルコールを摂っただけあって、急に襲ってきた眠気の後は、浅い眠りで目が覚めた。依嶋はソファにいなかった。代わりに、依嶋に着せておいた毛布がオレの背中を覆っていた。
「ベッドに行ったのか」
腕時計を見ると、まだ4時過ぎだ。明日の朝は少しゆっくりでいいから、このまま寝るよりは、ベッドで体を伸ばして寝みたいとは思う。
「依嶋が何時にベッドにもぐりこんだか、だな」
深く眠っていてくれれば、と願う。
リビングの灯りを消して、寝室のほうへゆっくり暗闇に目を馴らしながら歩く。寝室のベッドの足元には、いつもの間接照明が点けられていて、依嶋のよく眠っている顔も見てとれた。
いつもと違う側で寝てるのか。
キングサイズのベッドの空いているほうへ、できるだけベッドを軋ませないように乗る。遠慮して布団を少しだけ被り、あとはリビングから持ってきた毛布で凌げるだろう。
本当なら、背中に背中をくっつけるか、でなければ背中から抱きかかえるようにして眠りたいところだが、そんな勇気は今のところ、まだ無い。
依嶋の目覚ましのアラームはいつも6時40分。できれば、一度、それで一緒に起きて、いつもの朝の挨拶ができれば、仲直りできるかもしれない。そんな夢を描きながら、夢が儚くなる可能性を十分に考えて、自分でショックを和らげておこう、と、「んな甘くはないか」と反対意見も自分で言っておく。背中30センチの先にあるぬくもりを、それでも温かく感じた気になって、いち、にい、さん、と指折り数えて眠りにつく、喧嘩4日目の深夜だった。昨日のお姫様抱っこも、今日の風呂での抱擁も、依嶋は覚えていないだろうから、当分、仲直りのためには、秘密にしたほうがいいに違いない。
なんせ意地っ張りだから。
依嶋が寝返りを打った。
ごくごく自然に、背中に依嶋の温度が沿ってきた。
オレのせいじゃないぞ。依嶋が勝手に抱きついてきたんだから。
そんな言い訳をしながら、エアコンよりこたつより温かい温もりに抱かれて、ほくそ笑む。
依嶋って、こたつよりももっと強力な「ダメ人間製造機」じゃねーの、と言ったら、怒るだろうな。

< 了 >

♡こたつで喧嘩weekの姫蓮はこちらでどうぞ。

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(*1)垂木 断面3cm x 4cmの木材
(*2)小屋 劇場

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