幸せな結末 2
金曜日の午後6時
季節は秋
リビング
部屋灯り
リビングのカーテンは開いている
高層マンションの窓の外はオレンジ色の夕暮れ
H、ソファコーナーでPCを膝に乗せて仕事中
ソファの上にはもう一台別のPC
ドアフォンが鳴る
H、ドアフォンのところへ行く
H 「なんだ。どした? 鍵持ってないのか?」
R 「開けてー。鍵取り出すのめんどい」
H(独り言)「珍しいな」
H、エントランスの開錠をする
H、玄関へ行き、内鍵を開ける
ついでにドアを開けて、足でドアを押さえながら、壁に凭れて待つ
エレベータの到着音
エレベータのドアが開いて、両手に紙袋を持ったR
H、慌ててエレベータのほうへ駆け寄る
H 「また、大荷物だな。仕事か」
R 「おまえ、また裸足で」
Hの足は裸足(靴下もなし)
H 「どうせ、このフロア、オレたちだけじゃん」
R 「足、ちゃんと拭いて上がれよ」
H、相変わらず五月蝿いやつだな、という顔
H 「貸せ、それ」
R 「ん。さんきゅ」
右手の紙袋をHに渡すR
紙袋の重みにちょっと顔をしかめるH
H 「そっちも」
R 「いいよ。一個で」
H,黙って左の紙袋も取り上げる
部屋に入るRとH
H 「リビングでいいのか」
R 「うん。とりあえず」
Hが先に立ってリビングへ
H 「メシ、まだ作ってなくってさ。冷えてきたから何か温いものを・・・」
リビングで紙袋をソファの横に置くH
玄関のほうを振り返るH
H 「どうした?」
廊下で壁に手をついて気持ち悪そうにしているR
H 「おい?」
H、廊下へ引き返す
H 「具合、悪いのか?」
R 「だいじょうぶ。ちょっと気持ち悪いだけ」
R、なんとか自分で歩いてリビングへ
H、おろおろと横をついてリビングへ
R、コートを脱いでいつものように畳み、ソファの背に置く
H 「横になれば?」
R 「平気。ちょっと胃が痛いだけ」
R、そう言いつつも、ソファの背を左腕で抱いて、伏せる格好で座る
H、心配そうに見ながら、冷えていない水のペットボトルから水をグラスに注いで持ってくる
H 「ほら。ちょっと上向けって」
H、Rのネクタイを緩めて、シャツのボタンを二つ外す
R 「それ以上脱がすなよ」
H 「するか。あほ。ほら、水。冷たくないから」
R 「ん。・・・さんきゅ」
R、ゆっくり一口ずつ水を飲む
R 「ごめん。もう、いい」
半分ほど飲んでグラスをHに手渡すR
H 「薬は?」
R 「飲んだ」
H 「医者は?」
R 「とりあえず、大丈夫」
H 「でも」
R 「大丈夫」
Rに強く言われて、言い返せなくなるH
ソファの背に顎を置いて凝としているR
H、ソファに軽く腰を下ろして
H 「新しい部下の子?」
R 「と、コンサルタントの宇草との相性」
H 「間でブレーキパッドになって磨り減ってるわけか」
R 「・・・うるさい」
H、Rの髪にそっと指を挿し入れる
暫く、Rの頭を撫でるH
H 「服脱いで、ベッドで少し寝てこいよ」
R 「『着替えて』って言えよ。裸で寝るみたいに聞こえる」
H 「そういうときもあるじゃん」
H、Rの頭を軽く押して顔を上げさせる
R、喉を反らす格好
R、手を伸ばして、Hの耳を掴む
R 「ばーか」
H 「あ。こら。耳、やめろって」
R、Hの耳に軽くキスして
R 「今、忙しい? 仕事してた?」
H 「ん? してたことはしてたけど」
R 「ここで横になろうっかな」
H、ソファに置いてあったノートPCを取り上げて場所を作ってやる
PCが退けられるが早いか、Hの膝に頭を乗せて横になるR
R 「あー。落ち着く」
H 「そ?」
H、Rの髪にもう一度手をやる
R、自分の頭におかれたHの指を取って遊ぶ
Hの薬指には指輪
R 「ちゃんと指輪してるんだ」
H 「家では、指輪と眼鏡。おまえのリクエストだろーが」
R 「うん」
R、しげしげとHの指をいじりながら、一本ずつ口許にあてていく
R 「俺、仕事場に指輪して行こうかなあ」
反対の手でRの髪をいじりだすH
H 「・・・おまえ、もしかして、新しいコに迫られてたりする?」
R、Hの人さし指を咥えたまま暫く無言
H 「わりと、困ってると見た」
にやりと笑うH
R、Hの指を口から離して
R 「宇草が『逆セクハラだ』って注意はしてくれてるんだけど、しつこくて」
H 「前の子も若い女の子だったけど、そんな話、一回もなかったのにな」
R 「那珂川はサバサバしてたから。ミニスカート好きで良く履いてたけど、
女を感じたことがなかったな」
H 「それはそれで、ひでーな。那珂川チャン、かわいそ」
ふたり、笑う
H 「このまま、少し寝る?」
R 「それもいいな。仕事、じゃましちゃうけど」
H 「いいよ。子守唄歌ってやろか」
R 「no thank you」
膝にはRの頭があるので、自分の横にクッションを置いてその上にPCを置くH
やがてPCから小さく音楽 『Old Friends』Simon & Garfunkel
そのうち、Hもソファにすっかり背を預けて眠る
目を覚ますR
Hは寝ている
起き上がったR、Hの耳元に顔を近づけていく
Hの耳のすぐそばまで来たときに、手で耳を庇うH
R 「なんだ。起きたか」
H 「油断も隙もないな。ったく。耳はダメ」
R 「ケチ」
H 「ケチじゃねーっての。起きるのか」
R 「うん。だいぶ、気分良くなった」
H 「顔色、戻ったな」
R 「悪かったか」
H 「紙みたいに真っ白だった」
H、Rの顔を持って、下瞼を親指で引っ張る
H 「胃が痛いんなら、近いうちに胃の検査してこい。
絶対、出血してるぞ、それ」
R 「胃カメラ? ヤだ」
H 「だめ。この間からずっと腹壊してるの知ってるんだから」
R 「腹じゃないって。胃だっての」
H 「ほらみろ。胃、壊してるんじゃん」
R 「ちょっと痛いだけだ」
H 「いつものクリニックに電話して予約取っちゃる」
H、携帯電話を手に取って、番号を探し始める
R 「しなくていいって。あそこの女医にまた、虚弱だとか軟弱だとかバカに
されるから」
H 「じゃあ、男のせんせのほうにやってもらやーいいじゃん。どっちも胃カ
メラ、できるんだろ?」
R 「女医のほうが上手い」
H 「男のほう、下手なの?」
R 「そう。自分でも言ってた。胃カメラは双子の妹のほうへどうぞ、だって」
H 「じゃあ、わざわざ下手クソにやってもらう選択はなしだな」
H、再び、携帯電話で電話しようとする
R 「だから、電話しなくていいっての。痛みが続くようならちゃんと行くから」
H 「いつ?」
R 「・・・来週、なら、なんとか」
H 「約束するか?」
R 「・・・」
しばしにらみ合い
H 「そういう態度なら、明日の土曜日、首に縄つけてでも引っ張ってこ」
R 「行くってば。来週、どこかで有休取るようにするから」
H 「ほんと?」
R 「ああ。だから明日は勘弁」
H 「なんかあるのか? 明日」
R 「明日は、おまえとゆっくりする。先週まで、ずっと週末はおまえが仕事に
出てたから」
H 「・・・ごめん」
R 「仕事だから仕方ない」
H、Rに正面から抱きつく
H 「ごめん」
R 「いいって。それより」
H、Rから半身だけ少し離れて
H 「ん?」
R 「そろそろ、食事にしない? ちょっと腹減った」
H 「おっけ。何食べたい?」
R、少し考えて
R 「あったまるもの。柔らかいもの。あっさりしたもの」
H 「三題話かよ」(笑う)
H,Rの後頭部をくしゃっと撫でる
H 「とっとと着替えて、楽なカッコして休んでろ」
H、ソファから立ち上がる
H、キッチンへ
R、ゆっくりソファから立ち上がる
着替えにいくR
R、着替えて、指輪を嵌めながら戻ってくる
キッチンのHのほうへ
H、鍋で何かを煮ている
R、後ろからHに抱きついて
R 「何作ってくれてんの」
H 「白味噌のポトフ」
R 「白味噌の? 具は?」
H 「冷凍してあった大根に、鰤と、人参入れた」
R 「葉っぱ? 茎? なに、緑の」
H 「大根葉。味見する?」
R 「うん」
H、Rの薬指に指輪が嵌っているのを見て、左手に触れる
R 「味見」
H 「あー、はいはい」
H、手塩皿に少し汁を入れる。が、渡さない
R 「くれよ」
H 「少し冷めてから。熱々は胃に悪い」
R 「ちぇ」
手塩皿をRに渡すH
更に口をつけて味見するR
R 「うまい」
H 「おし。ここにメシ入れちゃうか。参鶏湯みたいに」
R 「洗う食器も減るし」
H 「バレたか」
ふたり、笑う
R 「な。いっそ、『俺は男限定』って言っちまおうかな」
H、火を止めて振り向く。
シンクに腰を預ける格好でRと向かい合って抱き寄せながら
H、親指で自分の眼鏡を引っ掛けて取り、Rにキス
H 「『男限定』じゃなくて『オレ限定』だ」
R,暫くの間のあと、軽く吹き出す
R 「確かに」
HにしがみつくR
Rの腰に腕を回して抱く
H 「指輪も軽いジャブ程度にちらつかせるのはいいかもしれないけどさ」
R 「うん」
H 「おまえはオレと違って、ふつーの職業だから」
R 「うん」
H 「また、うちの妹にでもカノジョ役、頼む?」
R 「・・・」
H 「意固地なヤツ」
R 「・・・っとけ」
H 「嘘をつく必要はないかもしれないけど、言う必要のないことは言わないだ
け、ってのは、おまえが言ってたことだろ」
R 「言う必要がないことだとは思わない」
H 「その子には気の毒だけど、『あんたはシュミじゃない』って言えば済むこと
だ。わざわざおまえが白い目で見られることまでぶちまける必要はナシ。
それとも、案外、シュミだからきっぱり言えない?」
R 「全然」
H 「即答かよ」
ふたりして笑う
H、Rのシャツの背中に手を入れる
H 「な。背中、冷たい。こんなんじゃ風邪引いちまうぞ。風呂入れてやるか
ら、入ってこいよ」
R 「自分で入れるよ」
H 「たまに甘やかしてやってんだから、素直に甘やかされてなさいっての」
R 「・・・はい」
H 「よしよし」
Rの背中をぎゅっと抱くH
H 「一緒に入ってあっためてやるっていうサービスもやってますが?」
R 「あー。それは要らないかな」
H 「ちぇ」
R 「夜にとっとく」
R、Hの腕を外して笑って離れる
H、赤面
R 「風呂、入れてくる」
H、浴室に灯りが点くのを見て、もう一度鍋のほうに向き直り、クッキングヒーターのスイッチを入れる
冷凍庫からごはんを取り出して解凍したり、鍋の具合をみたり
H 「ハスの実でも入れるか」
調味料の小瓶を棚から取り出し、フライパンを手にとって、クッキングヒーターの上に乗せる
< 了 >